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論理記事 118物理文書 118冊子 22頁

諸家大概(坤)

木上氏

木上氏事は木上掃部後に和泉と申候者大友家に罷居候時小笠原備前守殿に有職方致稽古在京仕候

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判読・記事境界・系譜上の疑義は、未解決のまま表示しています。同名人物・同一家系の自動同定は行っていません。内容は今後の確認で更新される場合があります。

SUMMARY

概要

本文は木上掃部(後の和泉)が大友家にいた時、小笠原備前守に有職方を学ぶため在京したとする。大友家没落後は大口辺で牢人していたが、家久が小笠原家から有職方を学ぼうとした際、既に一流を皆伝された人物として小笠原側から推薦され、島津家へ召し出された経緯を記す。子孫を蒲生の木上清左衛門とし、養子の木上筑右衛門を二男家として取り立て、有職方を伝授したとする。

論理記事ID
118
物理文書番号
118
史料名
諸家大概(坤)
文書名
木上氏
記事種別
家・氏族由緒・有職故実・召出し・養子分家
姓・系統
藤原姓・大友氏庶流とする総説に続く
冊子頁
22頁
主要人物
木上掃部(後の和泉)、小笠原備前守、島津家久、木上清左衛門、木上筑右衛門
関係地
豊後国、京都、大口、薩摩国、蒲生
キーワード
木上氏、藤原姓、大友氏庶流、木上掃部、木上和泉、小笠原備前守、有職方、京都、大友氏没落、大口、島津家久、召出し、蒲生、木上清左衛門、木上筑右衛門、養子、二男家
読取確認度
中
境界判定
良
境界疑義
なし
判読疑義
木上掃部の和泉改称、有職方修学と小笠原家推薦の時期、家久の稽古記事、清左衛門・筑右衛門の続柄と養子分家を継続確認する。
史料評価
技能伝承・召出し由緒を含む
既存整理対応ID
K-104
処理状態
第一次整理済
備考
冊子22頁上段の独立中長条。有職方の技能伝承と木上家の系譜を分けて概要化。