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論理記事 112物理文書 112冊子 21頁

諸家大概(坤)

紀姓河田氏

紀姓河田氏上古薩州[郡名判読保留]の郡司にて

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判読・記事境界・系譜上の疑義は、未解決のまま表示しています。同名人物・同一家系の自動同定は行っていません。内容は今後の確認で更新される場合があります。

SUMMARY

概要

本文は紀姓河田氏を、上古に薩摩国のある郡の郡司であった家とし、将軍家・島津家の証判その他の証書を数通所持すると記す。元弘・建武頃には河田知門坊が活躍し、慶長四年の島津家老連判日録には河田勘兵衛宛書があるとする。当時までは帖佐衆で、その後財部辺へ移ったが子孫は絶え、系図・文書は親類が保管していると述べる。

MODERN JAPANESE

現代語訳(短文)

河田氏は紀姓で、上古には薩摩国のある郡の郡司であった。将軍家ならびに島津家の証判、そのほかの証書を数通所持している。元弘・建武頃には河田知門坊という者が特に奔走したと見える。慶長四年の島津家老連判の日録には河田勘兵衛宛ての書付があり、その頃までは帖佐衆であった。その後どのような事情か財部付近に子孫がいたが、のちに絶えたため、現在は系図・文書などを親類が保管しているという。

論理記事ID
112
物理文書番号
112
史料名
諸家大概(坤)
文書名
紀姓河田氏
記事種別
家・氏族由緒・郡司・文書伝来・断絶
姓・系統
紀姓
冊子頁
21頁
主要人物
河田知門坊、河田勘兵衛、河田氏後裔・親類
関係地
薩摩国、帖佐、財部
キーワード
河田氏、紀姓、薩摩国郡司、将軍家、島津家、証判、元弘、建武、河田知門坊、慶長四年、河田勘兵衛、帖佐、財部、系図、文書伝来、断絶
読取確認度
低
境界判定
良
境界疑義
なし
判読疑義
冒頭の薩摩国郡名、河田知門坊の通称原字、慶長四年家老連判日録の宛所、帖佐から財部への移住と断絶時期を継続確認する。
史料評価
中世・近世文書伝来を含む
既存整理対応ID
直接対応なし(旧試行整理で独立項目欠落)
処理状態
第一次整理済
備考
冊子21頁下段の独立短条として新規登録。郡名は不鮮明なため推測で補わず、全文訳でも保留。