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HP-2135巻1:11注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

伊勢貞末

異名・検索語:伊勢貞末/伊勢六郎左衛門貞末/六郎左衛門/如閑/有川長門守

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:見出しの貞末には清の異記がある。有川長門守貞清(HP-1838/08-144-10)は父名・嫡子・官途・伊勢改姓が対応する同人候補だが、諱・入道号に異記があり未統合。確定別人とも確定異名とも扱わない。/貞明と伊勢弥次郎の同人関係、初名を孫次郎とする関係は蓋・ナルベシという推定を伴う。八代の内の高岡地頭歴も一説として記載する。/元和初高帳の石高細字は留保。慶長十九年と寛永九年の人数賦は別時点の記録であり、人数や石高を合算しない。旧記雑録登場頻度は未照合。

DESCRIPTION

本文内容説明

伊勢貞末は有川治部貞則の嫡子。六郎左衛門、入道如閑と称し、初め有川長門守といった。弟貞真とともに伊勢氏に改姓したと記す。谷山・百次・郡山・小根占などの地頭を務め、天正十五年の竜伯公上洛に供した。天正十二年に八代の内の高岡地頭であったとの一説も付す。文禄元年十一月七日没、法名は心庵正伝居士。没地・墓所は記されない。後半は子の内記貞明の付記で、忠恒の朝鮮渡海に供し、寛永年間に物奉行を務めた。慶長十九年の大坂出陣では横目で、人数賦に高五百二石四斗九升、十四人、乗馬一疋とあり、郡山・百次等の地頭とも記す。泗川で金甲を着た伊勢弥次郎を貞明とする注記は推測であり、貞末本人の事績とはしない。

系譜・人物関係

有川治部貞則の嫡子。弟貞真は貞成・貞昌の父であり、その注を貞末の子の記述と混同しない。子は伊勢内記貞明。有川長門守貞清HP-1838は同人候補、未統合。

奉公・役職

本人は谷山・百次・郡山・小根占等地頭、八代内高岡地頭は一説。子貞明は忠恒朝鮮御供、寛永年中物奉行、大坂横目、郡山・百次等地頭。

軍役・事績

本人は天正十五年竜伯上洛供奉。子貞明の大坂人数賦は高502石4斗9升・14人・乗馬1疋。泗川金甲の伊勢弥次郎を貞明とする注は推測。末尾寛永九年人数賦25人等とは合算しない。

生没・法名等

貞末は文禄元年十一月七日没、心庵正伝居士。生年・没齢・没地・墓所は本人条に記載なし。

統合人物ID
HP-2135
原人物ID群
01-011-04-02
氏・分類
伊勢
掲載巻頁
巻1:11
主題・活動
地頭・上洛供奉・子貞明の軍役
人物関係要約
有川治部貞則の嫡子。弟貞真は貞成・貞昌の父であり、その注を貞末の子の記述と混同しない。子は伊勢内記貞明。有川長門守貞清HP-1838は同人候補、未統合。
検索キーワード
伊勢/貞末/六郎左衛門/如閑/有川長門守/有川治部貞則/貞真/貞明/谷山/百次/郡山/小根占/竜伯上洛/文禄元年十一月七日/心庵正伝居士/朝鮮/物奉行/大坂/横目
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
通常AI各全2頁・原冊11頁上下段・拡大照合済。父子事績・諱異記・同人推定を区別。
公開判定根拠
本人の出自・地頭歴・上洛・没年と子の軍役を区別し、同人候補・校注推定・細字留保を明示して公開する。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合
本文境界判定
冊子11頁上段の一伊勢六郎左衛門貞末から下段右端の人数賦小注まで、通常AI各全2頁で連続。其子伊勢内記貞明以下は子の関連付記。前の伊勢右京亮貞則、後の一入来院弾正少弼重総を含まない。新規採番・PDF変更なし。
判読保留
見出しの貞末には清の異記がある。有川長門守貞清(HP-1838/08-144-10)は父名・嫡子・官途・伊勢改姓が対応する同人候補だが、諱・入道号に異記があり未統合。確定別人とも確定異名とも扱わない。/貞明と伊勢弥次郎の同人関係、初名を孫次郎とする関係は蓋・ナルベシという推定を伴う。八代の内の高岡地頭歴も一説として記載する。/元和初高帳の石高細字は留保。慶長十九年と寛永九年の人数賦は別時点の記録であり、人数や石高を合算しない。旧記雑録登場頻度は未照合。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』