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HP-2134巻1:6注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

伊地知越後守(諱字形保留)

異名・検索語:伊地知越後守/八郎兵衛

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:見出し重失のような字と本文重実、重房小注の対応。父名の小注重次、家嫡重持等細字、子孫の石高端数・小注数詞は保留。本人の生没・墓所は本文記載なし。 本文に記された内容と確定した事実を同一視せず、出典も併せて確認してください。

DESCRIPTION

本文内容説明

伊地知越後守は周防守重貞の二男で、初め八郎兵衛を称した。父重貞は忠昌公の家老・加治木地頭だったが、嫡子新左衛門兼祐とともに謀反を起こして日新公に討たれた。その後、越後守は大中公に召し出され、七島地頭を命じられた。本人の生没年は記されない。後半は子孫の記事で、子重治が早世し、孫重房が佐土原番・水俣の陣に従い、竜伯公から二百石を与えられた。重房は慶長十五年の琉球検地に歩士十八人を率いて渡海し、その後七島地頭として国分に居住、寛永二年に五十石を加増された。さらに重康・重利の地頭歴や大坂出陣、所領・兵員の記録が続く。諱の見出しと本文の字形には相違があり、確定を保留する。

系譜・人物関係

周防守重貞二男。父は忠昌公家老・加治木地頭、父と兄新左衛門兼祐の謀反後、大中公に召し出される。子は治部左衛門重治(早世)、孫は勝左衛門重房。後に重康・重利を記す。

奉公・役職

本人は七島地頭。後裔重房の佐土原番、水俣陣、二百石拝領、慶長十五年琉球検地渡海、七島地頭・国分居住、寛永二年四月七日五十石加増を区別。吉松地頭・国分から鹿児島移住・大坂出陣は後裔重康の記事。百次地頭は重利。

軍役・事績

本人の独立した戦功記事はなく、後裔重房の佐土原番・水俣従軍・琉球検地渡海、重康の大坂出陣と所領兵員等を付記する。

生没・法名等

本人の生没年・法名・墓所は記載なし。重治早世は子の記事であり本人の死亡情報としない。

統合人物ID
HP-2134
原人物ID群
01-005-01-02
氏・分類
伊地知
掲載巻頁
巻1:6
主題・活動
七島地頭・父兄謀反後の召出・後裔の奉公
人物関係要約
周防守重貞二男。父は忠昌公家老・加治木地頭、父と兄新左衛門兼祐の謀反後、大中公に召し出される。子は治部左衛門重治(早世)、孫は勝左衛門重房。後に重康・重利を記す。
検索キーワード
伊地知/越後守/八郎兵衛/重失(見出し字形未確定)/重実(本文表記候補)/重房(小注)/重貞/忠昌/加治木/日新/大中/七島/重治/重康/重利/佐土原/水俣/琉球検地/十八人/五十石/国分/吉松/大坂/百次
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
AI用PDF全頁精読・境界確認済み(判読保留あり)
公開判定根拠
全頁精読・境界確認済み。記載箇所に案内できるため、判読・系譜等の留保を注記して公開可。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読・原冊境界照合
本文境界判定
一伊地知越後守の見出しから伊地知越右衛門先祖ナリまで全1頁。父兄と後裔の家伝を含む独立記事。前の重秀・次の小牟田伊地知弥六左衛門は含めない。新原人物ID01-005-01-02、統合人物IDHP-2134。
判読保留
見出し重失のような字と本文重実、重房小注の対応。父名の小注重次、家嫡重持等細字、子孫の石高端数・小注数詞は保留。本人の生没・墓所は本文記載なし。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』