HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
松岡千熊
異名・検索語:松岡千熊/千熊
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
松岡千熊は松岡勝兵衛の子。慶長四年、十三歳で島津義弘に召し抱えられ、十五人扶持を与えられた。翌五年、十四歳で大垣から関ヶ原へ供奉し、帰国に至るまで義弘のそばを離れず仕えたため、帰国後に感状と百石を与えられたと記す。父の伝によれば、伏見での千熊の召抱えが父の薩摩移住のきっかけとなった。生年・没年・没地・法名・墓所は明記されない。
系譜・人物関係
松岡勝兵衛の子。見出し脇の後ニ神下久五郎孫・江田原ニテ加治木ニ有は後代の人物・居住に関する注とみられるが、千熊の改名と断定しない。父伝に伏見での義弘召抱えを記す。
奉公・役職
慶長四年十三歳で惟新公義弘に召抱え、十五人扶持。慶長五年の供奉後に御感状と御高百石。正式役職は不記。
軍役・事績
慶長五年十四歳で大垣より関ヶ原へ御供。帰国まで御側を離れず奉公。父の松丸口負傷・大坂残留とは別の経歴。
生没・法名等
慶長四年十三歳、五年十四歳。生年を逆算して本文記載年としない。没年・没地・法名・墓所は不記。
- 統合人物ID
- HP-2133
- 原人物ID群
- 08-133-07-02
- 氏・分類
- 松岡
- 掲載巻頁
- 巻8:133
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 松岡勝兵衛の子。見出し脇の後ニ神下久五郎孫・江田原ニテ加治木ニ有は後代の人物・居住に関する注とみられるが、千熊の改名と断定しない。父伝に伏見での義弘召抱えを記す。
- 検索キーワード
- 松岡千熊/松岡勝兵衛子/義弘/惟新/慶長四年十三歳/十五人扶持/慶長五年十四歳/大垣/関ヶ原/帰国/御側奉公/感状/百石
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
- 公開判定根拠
- 従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 旧08-133-07第2頁の〇松岡千熊見出しから被下候までを独立した1頁として分離。新原人物ID08-133-07-02、統合人物IDHP-2133。父の加治木移住の続文や、次の計之部・祁答院河内守重武記事を含めない。通常・AI全1頁を視認。
- 判読保留
- 見出し脇の神下久五郎孫と居住注は千熊本人の異名に取り込まない。本文の年齢・扶持・供奉・感状・百石は明瞭。旧記雑録登場数は未照合のため空欄。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』