HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
日秀上人
異名・検索語:日秀上人
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
日秀上人は真言宗の僧。大中公が国分正八幡宮を再興した際、領内の勧化を命じられ、永禄三年十二月に遷宮の規式があったと記す。三光院縁記は、義久の命による強敵退治の祈願のため三光院を創建し、天正三年十二月八日に入定したと伝える。同院は日当山朝日村にあり、客殿後方の石室上の霊塔に「定室」と記したという。縁記は豊後退治の祈願とするが、編者は当時まだ豊後征伐の沙汰がなく、伊東退治の祈願であろうと異論を記す。
系譜・人物関係
大中公の命で勧化。縁記に義久の命による祈願。
奉公・役職
真言宗の僧。国分正八幡宮再興の勧化。三光院創建の伝承。
軍役・事績
敵退治の祈願。豊後説を編者は疑い、伊東説を提示する。
生没・法名等
三光院縁記に天正三年十二月八日入定。日当山朝日村の三光院、石室・定室の霊塔を記す。
- 統合人物ID
- HP-2113
- 原人物ID群
- 12-232-12-02
- 氏・分類
- 日秀上人
- 掲載巻頁
- 巻12:232
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 大中公の命で勧化。縁記に義久の命による祈願。
- 検索キーワード
- 日秀上人/真言宗の僧。国分正八幡宮再興の勧化。三光院創建の伝承。/敵退治の祈願。豊後説を編者は疑い、伊東説を提示する。
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
- 公開判定根拠
- 従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 旧12-232-12第1頁末尾から第2頁の独立日秀上人記事を分離。復元後全2頁。編者の按語も同じ人物の注記として保持。
- 判読保留
- 入定日は縁記の伝承として記す。豊後説・伊東説を混同せず、縁記を今回直接確認したとはしない。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』