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HP-1962巻7:111公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

村田右衛門尉秀久

異名・検索語:村田右衛門尉秀久

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

DESCRIPTION

本文内容説明

村田右衛門尉秀久は初め四郎五郎。村田経定の養子で、実父は新納四郎忠茂という。永禄五年の横川城攻め、同九年の小林城攻めで軍功があり、小林では命を受けて矢合わせを行った。永禄十年十二月二十二日、馬越城攻めの際に下城の城戸で戦死した。妻は島津治部少輔の娘と記される。

系譜・人物関係

実父は新納四郎忠茂。村田経定の養子。妻は島津治部少輔の娘。子に村田経平。

奉公・役職

村田経定の家を継ぐ。具体的役職・知行記事なし。

軍役・事績

横川城・小林城攻めで軍功。馬越城攻めで戦死。

生没・法名等

永禄十年十二月二十二日、馬越城下城の城戸で戦死。法名・墓所は記載なし。

統合人物ID
HP-1962
原人物ID群
07-111-01-02
氏・分類
村田
掲載巻頁
巻7:111
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
実父は新納四郎忠茂。村田経定の養子。妻は島津治部少輔の娘。子に村田経平。
検索キーワード
村田/秀久/新納忠茂/横川/小林/馬越
公開区分
公開可
精読・確認状況
従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
公開判定根拠
従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
旧07-111-01第1頁左側と第2頁を統合し、経定から分離した独立人物。全2頁。
判読保留
小林城での矢合わせの相手名、妻の父の実名は追加校合を要する。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』