HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
中条次郎右衛門政義
異名・検索語:中条次郎右衛門政義/中条政義/次郎右衛門政義
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
中条次郎右衛門政義は島津義弘(惟新公)に仕えた人物。義弘が元和五年七月十三日に没した後、同月十九日に市来で殉死した。法名は金峯道銀上座。義弘は殉死を固く禁じていたが、政義は二十余年来その志を抱いていたため遂げたといい、義弘と同じ火で荼毘に付されたと記す。旧06-106-11左側から新規分離した。
系譜・人物関係
島津義弘に仕える。
奉公・役職
具体的役職記事なし。
軍役・事績
主君島津義弘の死後に殉死。
生没・法名等
元和五年七月十九日、市来で殉死。法名は金峯道銀上座。義弘と同じ火で荼毘に付されたという。
- 統合人物ID
- HP-1950
- 原人物ID群
- 06-106-11-02
- 氏・分類
- 中条
- 掲載巻頁
- 巻6:106
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 島津義弘に仕える。
- 検索キーワード
- 中条/島津義弘/市来/殉死/元和五年/法名
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
- 公開判定根拠
- 従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 旧06-106-11左側から新規分離した独立人物。全1頁。
- 判読保留
- 法名の第一字と寺院脇注は追加校合を要する。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』