HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
上井兼道
異名・検索語:上井兼道/上井東市正兼道
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
見出しは東市正、高帳引用は西市正。石高の千二百以降の薄い数字と子采女の犬追物地名は留保。諏訪氏名乗りは後代兼延の付記。
DESCRIPTION
本文内容説明
上井東市正兼道は里兼の嫡子で、天正十六年生まれ。御使役を務め、田布施地頭となった。元和七年八月の高帳を引く朱書注には上井西市正とあり、見出しの東市正とは異なる。石高は千二百余石と読めるが、端数の数字には判読の余地がある。寛永七年、江戸で病没、四十三歳。後代の付記には、兼道より二代の采女兼延の代、承応元年四月二十九日に諏訪因幡守の免許を得て諏訪氏を名乗ったとある。これは兼道自身の改姓ではない。また子の采女が御使役を務め、犬追物の射手となったことを記す。兼道の没月日・法名・墓所は本文に記載されない。
系譜・人物関係
里兼嫡子。子采女の御使役・犬追物射手記事、兼道より二代の采女兼延代の諏訪氏名乗りは関連する後代の付記。本人と区別。
奉公・役職
本人は御使役、田布施地頭。元和七年八月高帳引用の朱書に上井西市正とある。子采女も御使役を務める。
軍役・事績
高帳の石高は千二百の後が薄く、末尾六斗まで読めるが全数値を確定しない。兼道より二代の采女兼延代、承応元年四月廿九日に諏訪因幡守免許を受け諏訪氏を名乗る。犬追物射手は子采女の事績。
生没・法名等
天正十六年生、寛永七年江戸で病死、四十三歳。没月日・法名・墓所は記載なし。
- 統合人物ID
- HP-1931
- 原人物ID群
- 04-060-03-02
- 氏・分類
- 上井
- 掲載巻頁
- 巻之四60頁
- 主題・活動
- 御使役・田布施地頭・江戸病没・子孫諏訪改姓
- 人物関係要約
- 里兼嫡子。子采女の御使役・犬追物射手記事、兼道より二代の采女兼延代の諏訪氏名乗りは関連する後代の付記。本人と区別。
- 検索キーワード
- 上井兼道/東市正/西市正/里兼/御使役/田布施/元和七年高帳/寛永七年/江戸/采女/兼延/承応元年/諏訪因幡守/諏訪氏/犬追物
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 通常AI各全1頁・原冊照合済。本人と後代付記を区別。東西市正異同・石高細字・子の犬追物地名留保。
- 公開判定根拠
- 御使役・田布施地頭・江戸病没を確認し、後代の改姓と本人を区別。異同と細字の留保を明記して本文へ案内可能。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁追加精読・原冊照合
- 本文境界判定
- 通常AI各全1頁と原冊60頁下段を照合。上井東市正兼道から子采女の犬追物射手まで関連記事。前条里兼の墓所・法号は含まれず、次条上江仲五兼政は別人物。子と後代の改姓付記は兼道に関連し追加人物境界不要。
- 判読保留
- 見出し東市正に対し高帳引用は西市正。原文の異同を保持する。/石高は千二百の後の数字が薄い。末尾六斗は読めるが、石の端数は留保する。/子采女の犬追物開催地名は予子原のように見えるが字形を留保する。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』