HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
竜雲和尚
異名・検索語:竜雲和尚
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
竜雲和尚は志布志大慈寺三代の住僧と記され、新納忠澄の子とする系譜注がある。南化和尚の弟子で、師の紹介により甲州恵林寺の快川に預けられ、二十余年学んだ。恵林寺焼き討ちの際は快川の手形を得て脱出したと伝える。九州・朝鮮・琉球への御陣僧として供奉し、琉球渡航の人数は軍役十人とほか七人の計十七人と記す。琉球への派遣は貢納しないことを責めるためとの注がある。慈眼公の大慈寺訪問時には詠歌に奉和した。後に豊州と清水監物の争論に立腹して国を去り、京都妙心寺で病死した。没年・享年は記されない。
系譜・人物関係
新納忠澄の子とする注。南化和尚の弟子、快川に学ぶ。慈眼公への奉和。
奉公・役職
志布志大慈寺三代住僧と記す。九州・朝鮮・琉球の御陣僧。
軍役・事績
恵林寺で二十余年学ぶ。焼き討ちから手形で脱出する伝承。琉球供奉十七人。慈眼公の詠歌に奉和。
生没・法名等
後に争論に立腹して離国、京都妙心寺で病死。没年・享年不記載。
- 統合人物ID
- HP-1857
- 原人物ID群
- 12-233-06
- 氏・分類
- 竜雲
- 掲載巻頁
- 巻12:233~234
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 新納忠澄の子とする注。南化和尚の弟子、快川に学ぶ。慈眼公への奉和。
- 検索キーワード
- 竜雲和尚/竜雲和尚/志布志大慈寺三代住僧と記す。九州・朝鮮・琉球の御陣僧。/恵林寺で二十余年学ぶ。焼き討ちから手形で脱出する伝承。琉球供奉十七人。慈眼公の詠歌に奉和。/後に争論に立腹して離国、京都妙心寺で病死。没年・享年不記載。
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
- 公開判定根拠
- 従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 全2頁。冒頭の新納氏系譜注と二頁目左端の心寺ニテ病死を復元。琉球小注は頁をまたいでヲ責ナリへ続く。新納氏・師僧は関連人物で独立見出しではない。
- 判読保留
- 恵林寺脱出は本文の伝承として記す。琉球注の貢を実と誤読しない。豊州と清水監物の争論であり、竜雲自身がどちらと争ったかは断定しない。寺の代数と系譜は本文表記を採り、外部系譜で補正しない。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』