HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
籾木平右衛門
異名・検索語:籾木平右衛門
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
未確定事項:二百十六石と二百八十石は異なる記事の数値として保持し単純加算しない。米良当主名は永祐と仮読。
DESCRIPTION
本文内容説明
籾木平右衛門は隼人の子。五斗の出米を命じられて知行を返上し、庄内の小知行で家来を養った。慶長五年十一月、稲津方から来た鈴木早助を籾木番所で討ち取ったと記す。関ヶ原から帰る義弘を出迎え、塩見川を渡って八代の仮屋へ供した。困窮を知った義弘から籾木村二百十六石を与えられ、慶長六年二月三日の目録があるという。本庄辺の人質徴収では二百八十石を与えられたとする。子の豊前を十三歳で人質に出し、鹿児島に三、四年置かれた。米良の当主から本姓の米良を称することを許されたが、孫の平右衛門の代に籾木へ改姓を命じられた。生没年・没地は記さない。
系譜・人物関係
隼人の子。子豊前、孫平右衛門。米良姓に復し、孫代に籾木へ改姓。
奉公・役職
五斗出米で知行返上、のち籾木村二百十六石。本庄辺人質徴収時に二百八十石と記す。
軍役・事績
慶長五年十一月鈴木早助討取。義弘の帰還を細島・塩見川方面で出迎え、八代仮屋へ供。
生没・法名等
生没年・没地なし。子豊前は十三歳から鹿児島に三、四年置かれる。
- 統合人物ID
- HP-1760
- 原人物ID群
- 12-229-06
- 氏・分類
- 籾木
- 掲載巻頁
- 巻12:229
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 隼人の子。子豊前、孫平右衛門。米良姓に復し、孫代に籾木へ改姓。
- 検索キーワード
- 籾木平右衛門/五斗出米で知行返上、のち籾木村二百十六石。本庄辺人質徴収時に二百八十石と記す。/慶長五年十一月鈴木早助討取。義弘の帰還を細島・塩見川方面で出迎え、八代仮屋へ供。/生没年・没地なし。子豊前は十三歳から鹿児島に三、四年置かれる。
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
- 公開判定根拠
- 既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 全2頁。第2頁は孫代の改姓を記す同一家の記事の結び。世之部は次の部立てで、別人物ではない。
- 判読保留
- 二百十六石と二百八十石は異なる記事の数値として保持し単純加算しない。米良当主名は永祐と仮読。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』