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HP-1694巻3:49注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

本田親孝

異名・検索語:本田親孝/本田右衛門/本田内蔵允親孝

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:実父官途の大炊大夫の炊字形は保留。PDF修復済みでも字形の確読と混同しない。 本文に記された内容と確定した事実を同一視せず、出典も併せて確認してください。

DESCRIPTION

本文内容説明

本田親孝は親兼の二男で、三省(親貞)の養子。初め右衛門、内蔵允を称した。加世田竹田村に居住。天正十五年、日州高城籠城の和睦時、山田弥九郎有栄らと城中から人質として出て、桑山修理亮に引き取られた。のち朝鮮へ供奉して軍功があったが、具体的な戦場や功績は記されない。末尾の「其子」は次条の伊予守親正につながる。生没年・没地・法名・墓所は記されない。

系譜・人物関係

初右衛門、内蔵允。三省養子、実は親兼二男。三省は直前条の下野守親貞。実父の官途は大炊大夫と読めるが炊の字形を保留。末尾其子は次の独立見出し本田伊予守親正へつながる。親孝本文の継続ではなく親子関係を示す。

奉公・役職

加世田竹田村に居住。旧加治木は加世田の誤読。地頭職などはこの条に記されない。親貞の加世田地頭職を継いだと補わない。

軍役・事績

天正15年、日州高城籠城和睦の時、山田弥九郎有栄等と共に城中から人質として出て桑山修理亮に引き取られた。朝鮮供奉で軍功あり。朝鮮年次・戦場・軍功の具体的内容は記されない。

生没・法名等

生没年・没地・法名・墓所は記されない。直前の親貞の慶長元年卒・本立院墓は本人に帰属させない。

統合人物ID
HP-1694
原人物ID群
03-049-01
氏・分類
本田
掲載巻頁
巻3:49
主題・活動
養子・高城和睦人質・朝鮮軍功
人物関係要約
初右衛門、内蔵允。三省養子、実は親兼二男。三省は直前条の下野守親貞。実父の官途は大炊大夫と読めるが炊の字形を保留。末尾其子は次の独立見出し本田伊予守親正へつながる。親孝本文の継続ではなく親子関係を示す。
検索キーワード
本田/親孝/右衛門/内蔵允/親兼/二男/養子/三省/親貞/加世田/竹田村/天正十五年/日州高城/籠城/和睦/山田弥九郎有栄/人質/桑山修理亮/朝鮮/軍功/伊予守親正
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
AI用PDF全頁精読・境界確認済み(判読保留あり)
公開判定根拠
全頁精読・境界確認済み。記載箇所に案内できるため、判読・系譜等の留保を注記して公開可。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読・原冊境界照合
本文境界判定
原冊49頁上段〇本田内蔵允親孝から軍功アリ其子まで3列。前は下野守親貞法名墓注、次は〇本田伊予守親正の独立見出し。AI右端の三省養子実ハ等の系譜小注が欠けているため、通常・AI各1頁を原冊から修復済み。其子と次条の親子接続を記録し、新人物ID・新番号は不要。
判読保留
実父官途の大炊大夫の炊字形は保留。PDF修復済みでも字形の確読と混同しない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』