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HP-1689巻3:50公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

本田四郎左衛門尉

異名・検索語:本田四郎左衛門尉

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

DESCRIPTION

本文内容説明

本田四郎左衛門尉は、天正十五年六月、宮之城内の九尾で、新納忠元の指図を受けて太閤秀吉を待ち伏せしたと記される。和睦により通行中の秀吉の輿へ矢を六筋まで射たが、秀吉は後陣にいて輿は空だったという。天正二十年には滝ヶ水で島津歳久に殉死した二十七人の一人に数えられる。法名は実際文真上座。系譜、役職・知行、生年、没月日・墓所は記されない。

系譜・人物関係

新納忠元の下知で九尾に埋伏。島津歳久に殉死した二十七人の一人。父母・系譜は本項に記載なし。

奉公・役職

具体的な役職・知行は記載なし。四郎左衛門尉は見出しの呼称。

軍役・事績

天正十五年六月、九尾で秀吉の輿へ矢六筋まで射たが空輿だったと伝える。天正二十年、滝ヶ水で歳久に殉死。

生没・法名等

天正二十年、滝ヶ水で殉死。法名実際文真上座。生年・没月日・墓所は記載なし。

統合人物ID
HP-1689
原人物ID群
03-050-12
氏・分類
本田
掲載巻頁
巻3:50
主題・活動
九尾伏撃・歳久殉死
人物関係要約
新納忠元の下知で九尾に埋伏。島津歳久に殉死した二十七人の一人。父母・系譜は本項に記載なし。
検索キーワード
本田/四郎左衛門尉/天正十五年/六月/太閤/豊臣秀吉/宮之城/九尾/新納忠元/埋伏/伏撃/空輿/六筋/天正二十年/滝ヶ水/島津歳久/殉死/二十七人/実際文真上座
公開区分
公開可
精読・確認状況
従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
公開判定根拠
従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読・原冊境界照合
本文境界判定
現用AIは全1頁で見出しから法名の閉じ括弧まで完結。前の親純を含まない。第2頁の空白除外は既往工程で実施済みであり、今回はPDF修正・新規採番不要。次頁の二郎五郎は独立見出し。
判読保留
矢数は旧八筋ではなく六筋。九尾・実際文真上座を原冊で確認。六月を和睦成立月と断定しない。九尾の現在地は補わず、伏撃は本書の伝聞記事として記す。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』