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HP-1617巻9:175注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

米良石見守

異名・検索語:米良石見守/石見守

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項・参照上の注意:米良所在地は本文の日向児湯郡と肥後球磨の注を併記。前長光授与者は義久/義弘の異記を統一しない。/見出し脇小注は天正九年・出深木城下と読めるが、記載の趣旨・地名細字は追加校合を要する。

DESCRIPTION

本文内容説明

菊池一族で、代々米良を領した。所在地は日向児湯郡とする本文に肥後球磨とする注がある。伊東家に従った後、島津方となり、木崎原合戦では米良山中の伊東残兵を討った。天正六年、大友勢の日向侵攻に加勢し、褒美に前長光の刀を拝領した。授与者は本文の義久に対し義弘とする異注がある。その後、中納言から時々出仕を命じられた。嫡子重隆への出仕・五百石給付の打診に際し、重隆が弟重供の召出を願い、重供への給付となった経緯を記す。五百石を石見守本人の知行とはしない。生没年・法名・墓所は記されない。

系譜・人物関係

菊池一族。嫡子は隼人重隆、二男は縫殿重供。

奉公・役職

米良領知。伊東家随身から島津方へ。中納言より出仕を命じられる。五百石給付は子重供の記事。

軍役・事績

木崎原の伊東残兵を討つ。天正六年大友勢の日向侵攻に加勢、前長光の刀を拝領。授与者に義久/義弘の異記。

生没・法名等

本人の生没年・没地・法名・墓所は記載なし。

統合人物ID
HP-1617
原人物ID群
09-175-09
氏・分類
米良
掲載巻頁
巻9:175
主題・活動
米良領知。伊東家随身から島津方へ。中納言より出仕を命じられる。五百石給付は子重供の記事。
人物関係要約
菊池一族。嫡子は隼人重隆、二男は縫殿重供。
検索キーワード
米良石見守/菊池一族/日向児湯郡/肥後球磨/米良/伊東/木崎原/天正六年/大友/前長光/義久/義弘/重隆/重供
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
旧共有AI全3頁・原冊・分離後の通常AI各1頁を確認済。
公開判定根拠
既存の人物IDを維持し、各人の見出しと本文へ直接案内。父・兄弟・子の事績を区別し、異記と小注の疑義を明示。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・人物別分離
本文境界判定
石見守の見出し・本人本文・子の五百石給付に関する関連叙述を保持。後続の重隆・重供の独立見出しを枝番02・03へ分離。
判読保留
米良所在地は本文の日向児湯郡と肥後球磨の注を併記。前長光授与者は義久/義弘の異記を統一しない。/見出し脇小注は天正九年・出深木城下と読めるが、記載の趣旨・地名細字は追加校合を要する。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』