← 『本藩人物誌』人物検索へ戻る
HP-1594巻12:221注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

平田清右衛門尉純正

異名・検索語:平田清右衛門尉純正/納殿役、御記録奉行、高奉行。系図提出の副使。新恩・加増各五十石、編纂の功で百石。/合戦記事はない。島津氏系図を編纂・提出。島津家譜録約三百冊の編纂。

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:御家譜録の書名・法諡初字は保留。第1頁右端上部の「衛門尉純継」は隣接傍記の断片で、純正の事績には採用しない。

DESCRIPTION

本文内容説明

平田清右衛門尉純正は純昌の二男で兄の跡を継いだ。慶長十二年生、母は壱岐加賀守の娘。慈眼公の納殿役となり、新恩五十石と加増五十石を受けた。寛永十四年、公の病中に江戸へ派遣され、家伝の本尊や刀剣を寛陽公へ届けた。十八年には幕府の求めた島津氏系図を編纂し、副使として江戸へ赴く。正保年間に御記録奉行、承応三年から島津家の譜録約三百冊を編纂し、明暦三年に百石を加増された。高奉行も務め、寛文二年十月十七日没。

系譜・人物関係

純昌の二男、兄の家を継承。母は壱岐加賀守の娘。慈眼公・寛陽公に奉仕。

奉公・役職

納殿役、御記録奉行、高奉行。系図提出の副使。新恩・加増各五十石、編纂の功で百石。

軍役・事績

合戦記事はない。島津氏系図を編纂・提出。島津家譜録約三百冊の編纂。

生没・法名等

慶長十二年生。寛文二年十月十七日没。法諡は汰心文玄庵主と読めるが要校合。

統合人物ID
HP-1594
原人物ID群
12-221-11
氏・分類
平田
掲載巻頁
巻12:221
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
純昌の二男、兄の家を継承。母は壱岐加賀守の娘。慈眼公・寛陽公に奉仕。
検索キーワード
納殿役、御記録奉行、高奉行。系図提出の副使。新恩・加増各五十石、編纂の功で百石。/合戦記事はない。島津氏系図を編纂・提出。島津家譜録約三百冊の編纂。/慶長十二年生。寛文二年十月十七日没。法諡は汰心文玄庵主と読めるが要校合。
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
公開判定根拠
既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
全2頁。第1頁末尾「真」に続き第2頁冒頭「利ノ太刀」と連続する。記録奉行・譜録編纂・系図提出はいずれも純正の記事。端部の純継断片は除外して説明。
判読保留
御家譜録の書名・法諡初字は保留。第1頁右端上部の「衛門尉純継」は隣接傍記の断片で、純正の事績には採用しない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』