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HP-1563巻12:226注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

平山備後守忠道

異名・検索語:平山忠道/平山備後守忠道

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:転住先の地名の字形は要校合。本文の「衆地頭分」を正式な地頭任命と同一視しない。

DESCRIPTION

本文内容説明

平山備後守忠道は庄内陣の山田城攻めで左膝を負傷し、手輿で帰還した。以後歩行ができなくなったと記す。義弘自筆の「天神」の大字を拝領し、脇書には「忠平八十九歳」とあった。義弘に従って飯野から栗野・帖佐平松・加治木へ移住し、元和九年には大隅の新外城へ、衆地頭に相当する立場で召し移され、所中を取り仕切り、その地で没した。子仲兵衛も同行し、父没後は三原次郎左衛門が地頭、仲兵衛が地頭代となって数十年勤めた。末尾には忠続が春日寺へ納めた位牌を東光寺へ移し、知行一石や茶園・器物を供養に充てた経緯を載せる。

系譜・人物関係

子仲兵衛。忠続の位牌供養は一族の関連記事。

奉公・役職

元和九年、大隅の新外城で衆地頭分として所中差引。

軍役・事績

庄内陣山田城攻めで左膝負傷、手輿で帰還。

生没・法名等

転住先で没。没年・享年・法号なし。「忠平八十九歳」は義弘の筆記で忠道の享年ではない。

統合人物ID
HP-1563
原人物ID群
12-226-01
氏・分類
平山
掲載巻頁
巻12:226
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
子仲兵衛。忠続の位牌供養は一族の関連記事。
検索キーワード
元和九年、大隅の新外城で衆地頭分として所中差引。/庄内陣山田城攻めで左膝負傷、手輿で帰還。/転住先で没。没年・享年・法号なし。「忠平八十九歳」は義弘の筆記で忠道の享年ではない。
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
公開判定根拠
既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
全1頁。仲兵衛の役職継承と忠続の位牌供養は家の後日談で、独立人物見出しではない。
判読保留
転住先の地名の字形は要校合。本文の「衆地頭分」を正式な地頭任命と同一視しない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』