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HP-1506巻之十二:225注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

菱刈休兵衛隆豊

異名・検索語:菱刈隆豊/菱刈休兵衛隆豊 孫三郎 源兵衛

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:朝鮮軍役の三百石の記載は複数箇所にあり、別々の加増と断定しない。地名「南オン」等は仮読。

DESCRIPTION

本文内容説明

菱刈休兵衛隆豊は孫三郎・源兵衛・越後守とも称し、重隆の名も付記される。重昌の子。自弁で朝鮮へ渡り、負傷帰国後に三百石を与えられたと記す。文禄三年六月、主従四人で大口から唐島へ渡り、三十三か月留められ、加徳島へ陣替え。慶長二年に帰国し、七月には主従五人で再渡海した。交代者も来たが白坂式部少輔とともに残留を命じられ、三年の泗川合戦で功を挙げた。引揚げの際に難船で負傷し、壱岐から暇を得て十二月に帰郷。庄内・関ヶ原にも出陣した。重秀没後は嫡家の家督を長年代行し、重栄の相続後に本家へ戻った。

系譜・人物関係

重昌の子。重秀の家の家督代行、重栄相続後に本家へ戻る。重種の父。

奉公・役職

嫡家の家督代。朝鮮軍役に関して三百石の処遇を記す。

軍役・事績

文禄三年渡海、慶長二年再渡海、三年泗川合戦。朝鮮引揚げ難船負傷。庄内、関ヶ原。

生没・法名等

生没年・没地・法号なし。難船負傷後に壱岐から帰国許可、十二月帰郷。

統合人物ID
HP-1506
原人物ID群
12-225-04
氏・分類
菱刈
掲載巻頁
巻之十二:225
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
重昌の子。重秀の家の家督代行、重栄相続後に本家へ戻る。重種の父。
検索キーワード
嫡家の家督代。朝鮮軍役に関して三百石の処遇を記す。/文禄三年渡海、慶長二年再渡海、三年泗川合戦。朝鮮引揚げ難船負傷。庄内、関ヶ原。/生没年・没地・法号なし。難船負傷後に壱岐から帰国許可、十二月帰郷。
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
公開判定根拠
既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
全2頁。第1頁末「船」と第2頁冒頭「破船ニ手負」が接続し、帰国・京都参勤まで同一人物の続文。
判読保留
朝鮮軍役の三百石の記載は複数箇所にあり、別々の加増と断定しない。地名「南オン」等は仮読。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』