HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
菱刈休兵衛隆豊
異名・検索語:菱刈隆豊/菱刈休兵衛隆豊 孫三郎 源兵衛
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
未確定事項:朝鮮軍役の三百石の記載は複数箇所にあり、別々の加増と断定しない。地名「南オン」等は仮読。
DESCRIPTION
本文内容説明
菱刈休兵衛隆豊は孫三郎・源兵衛・越後守とも称し、重隆の名も付記される。重昌の子。自弁で朝鮮へ渡り、負傷帰国後に三百石を与えられたと記す。文禄三年六月、主従四人で大口から唐島へ渡り、三十三か月留められ、加徳島へ陣替え。慶長二年に帰国し、七月には主従五人で再渡海した。交代者も来たが白坂式部少輔とともに残留を命じられ、三年の泗川合戦で功を挙げた。引揚げの際に難船で負傷し、壱岐から暇を得て十二月に帰郷。庄内・関ヶ原にも出陣した。重秀没後は嫡家の家督を長年代行し、重栄の相続後に本家へ戻った。
系譜・人物関係
重昌の子。重秀の家の家督代行、重栄相続後に本家へ戻る。重種の父。
奉公・役職
嫡家の家督代。朝鮮軍役に関して三百石の処遇を記す。
軍役・事績
文禄三年渡海、慶長二年再渡海、三年泗川合戦。朝鮮引揚げ難船負傷。庄内、関ヶ原。
生没・法名等
生没年・没地・法号なし。難船負傷後に壱岐から帰国許可、十二月帰郷。
- 統合人物ID
- HP-1506
- 原人物ID群
- 12-225-04
- 氏・分類
- 菱刈
- 掲載巻頁
- 巻之十二:225
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 重昌の子。重秀の家の家督代行、重栄相続後に本家へ戻る。重種の父。
- 検索キーワード
- 嫡家の家督代。朝鮮軍役に関して三百石の処遇を記す。/文禄三年渡海、慶長二年再渡海、三年泗川合戦。朝鮮引揚げ難船負傷。庄内、関ヶ原。/生没年・没地・法号なし。難船負傷後に壱岐から帰国許可、十二月帰郷。
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
- 公開判定根拠
- 既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 全2頁。第1頁末「船」と第2頁冒頭「破船ニ手負」が接続し、帰国・京都参勤まで同一人物の続文。
- 判読保留
- 朝鮮軍役の三百石の記載は複数箇所にあり、別々の加増と断定しない。地名「南オン」等は仮読。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』