HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
菱刈相模守重州
異名・検索語:菱刈重州/菱刈重州 入道天岩斎/菱刈相模守重州 入道天岩斎/重州/天岩斎
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
未確定事項:父の諱重副、法名・墓地名は字形の再校合余地あり。
DESCRIPTION
本文内容説明
菱刈相模守重州は入道天岩斎。父は大和守重副と読め、母は島津薩摩守成久の娘。菱刈・太良・曽木・本城などを領し、その代に肥後の桜野・八代付近まで領域を広げたという。享禄二年九月三日、大島村の戦いで島津忠征を討った。三年七月二十七日、相良氏と大口城を包囲し、城主島津忠明が自害して城を得た。天文八年三月二十三日、貴久が隅州宮内にいた時に出向いて以前の非を改め、旗下に属した。永禄七年九月十八日没、法名天岩道祐大禅伯と読める。墓は本城南浦村爪峯と記す。
系譜・人物関係
父は大和守重副と読める。母は島津成久の娘。隆秋は本伝で天岩の三男と記す。
奉公・役職
菱刈氏領主。相良氏と大口城を奪取、のち貴久旗下に帰服。
軍役・事績
享禄二年大島村で忠征を討つ。三年大口城攻略。天文八年貴久へ帰服。
生没・法名等
永禄七年九月十八日没。天岩道祐大禅伯と読める。墓は本城南浦村爪峯。
- 統合人物ID
- HP-1500
- 原人物ID群
- 12-225-07/13-245-02
- 氏・分類
- 菱刈
- 掲載巻頁
- 巻之十二:225/巻之十三:245
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 父は大和守重副と読める。母は島津成久の娘。隆秋は本伝で天岩の三男と記す。
- 検索キーワード
- 菱刈氏領主。相良氏と大口城を奪取、のち貴久旗下に帰服。/享禄二年大島村で忠征を討つ。三年大口城攻略。天文八年貴久へ帰服。/永禄七年九月十八日没。天岩道祐大禅伯と読める。墓は本城南浦村爪峯。
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
- 公開判定根拠
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- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 巻十二の国賊伝参照1頁と巻十三の本伝2頁。巻十二に重豊・重猛・隆秋を列挙するのは各本伝への共同索引で、その事績を重州のものとはしない。巻十三第2頁冒頭は大口城攻略の続文。
- 判読保留
- 父の諱重副、法名・墓地名は字形の再校合余地あり。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』