HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
梅北国兼
異名・検索語:梅北国兼/梅北宮内左衛門尉国兼
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
宮内左衛門尉。天文年間に足軽大将となり、帖佐山田の地頭を務め、北山塁を領した。数々の従軍で功があったという。文禄元年、朝鮮渡海軍の後陣として肥前平戸に留まった際、反乱を企てて肥後の佐敷城を占拠し、田尻但馬父子を八代へ送った。本文によれば、佐敷の境善左衛門と安田弥右衛門が偽って降伏し、国兼を油断させて謀殺した。首は名護屋へ送られ、妻子も同地で処刑されたという。但馬父子の小川での敗戦と、国兼の佐敷での死は区別される。没月日・享年は記されない。
系譜・人物関係
田尻但馬父子を八代へ派遣。妻子は名護屋で処刑と記す。
奉公・役職
足軽大将、帖佐山田地頭、北山塁領主。
軍役・事績
従軍で軍功。文禄元年佐敷城を占拠。
生没・法名等
佐敷で謀殺、首を名護屋へ送る。没月日・享年不記載。
- 統合人物ID
- HP-1410
- 原人物ID群
- 13-249-01
- 氏・分類
- 梅北
- 掲載巻頁
- 巻13:249
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 田尻但馬父子を八代へ派遣。妻子は名護屋で処刑と記す。
- 検索キーワード
- 梅北国兼/足軽大将、帖佐山田地頭、北山塁領主。/従軍で軍功。文禄元年佐敷城を占拠。/佐敷で謀殺、首を名護屋へ送る。没月日・享年不記載。
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
- 公開判定根拠
- 従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- AI用PDF全1頁を確認。親族・家臣への言及を本人の事績から区別。独立した別人物紹介の混入なし。
- 判読保留
- 酒色で油断させたという経緯は本文の叙述として示す。田尻父子の敗死を本人の戦死にしない。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』