HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
日高紀伊守正治
異名・検索語:日高正治/日高紀伊守正治
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
日高紀伊守正治は甚五郎・掃部左衛門とも称する。義宗の子で、母は長谷場越前守慶純の娘。永禄十一年三月二十三日、祁答院方の曽木城を攻め、永福寺口へ攻めかかった際に功があった。元亀三年の木崎原合戦では久留半五左衛門とともに一番鑓を争って戦死した。両家が先陣の功を争うと、義弘は正治を「鑓初」、半五左衛門を「太刀初」と裁定し、褒賞として加増を与えたと記す。生年・享年・法号は記さない。
系譜・人物関係
義宗の子。母は長谷場越前守慶純の娘。子正恒。
奉公・役職
紀伊守、甚五郎、掃部左衛門。役職の具体的任命なし。
軍役・事績
永禄十一年三月二十三日曽木城永福寺口攻め。元亀三年木崎原で久留半五左衛門と戦死。鑓初の裁定。
生没・法名等
元亀三年木崎原合戦で戦死。享年・法号なし。
- 統合人物ID
- HP-1387
- 原人物ID群
- 12-226-08
- 氏・分類
- 日高
- 掲載巻頁
- 巻12:226
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 義宗の子。母は長谷場越前守慶純の娘。子正恒。
- 検索キーワード
- 紀伊守、甚五郎、掃部左衛門。役職の具体的任命なし。/永禄十一年三月二十三日曽木城永福寺口攻め。元亀三年木崎原で久留半五左衛門と戦死。鑓初の裁定。/元亀三年木崎原合戦で戦死。享年・法号なし。
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
- 公開判定根拠
- 既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 全1頁。久留半五左衛門への言及は先陣争いの比較記事で、独立人物紹介ではない。
- 判読保留
- 「鑓初」と「太刀初」の裁定を、一方だけに軍功があったという意味にしない。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』