HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
東郷重尚(長左衛門尉)
異名・検索語:東郷重尚/東郷長左衛門尉重尚/長左衛門尉
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
没年本文は万治二年、脇に朱書一と読める異注があるため年数を確定しない。金的逸話の元和年数・歌署名と法号の心宇部分の字形は留保する。
DESCRIPTION
本文内容説明
長左衛門尉。重信の養子で、実は弟。本郷伊予守義則から日置流射術を相伝した。伊勢貞昌が谷山地頭の時に地頭代を務め、加治木から谷山へ移った。光久の弓術師範を命じられ、切米十五石を受けた。さらに上意により伏見で吉田一水軒印西に学び、弓術を残らず相伝したという。谷山の的場では、七十八人の射手が当てられなかった七分の金的に二矢とも命中させ、感嘆された逸話と二首の歌を載せる。没日は七月朔日。没年は万治年間と読めるが、数字に朱書異注がある。墓は松源山の路傍にあり、伝弓院の院号は後世の追号と記す。生年・没齢・没地は記されない。
系譜・人物関係
重信養子、実ハ弟也。師は本郷伊予守義則と吉田一水軒印西。本文中の伊勢貞昌は地頭・金的逸話の人物で本人ではない。
奉公・役職
伊勢貞昌谷山地頭時の地頭代。加治木から谷山に移る。光久公弓御師範、切米十五石。
軍役・事績
本郷義則に日置流射術を学び、上意で伏見の吉田一水軒印西へ入門し相伝。元和年記の九月廿二日、七十八人が当てられなかった谷山の七分金的に二矢とも的中、伊勢貞昌ら二士感嘆。二首の歌を併記。初見九月十二日は廿二日に訂正。
生没・法名等
七月朔日卒。万治二年に見える本文数字と朱一異注は留保。伝弓院心宇利成庵主と読めるが心宇字形留保。墓は松源山中路傍、院号は後世追号。没地・生年・没齢は記載なし。
- 統合人物ID
- HP-1334
- 原人物ID群
- 03-054-03
- 氏・分類
- 東郷
- 掲載巻頁
- 巻之三54頁
- 主題・活動
- 弓術・谷山地頭代・光久師範
- 人物関係要約
- 重信養子、実ハ弟也。師は本郷伊予守義則と吉田一水軒印西。本文中の伊勢貞昌は地頭・金的逸話の人物で本人ではない。
- 検索キーワード
- 東郷重尚/長左衛門尉/重信弟/養子/本郷義則/日置流/伊勢貞昌/谷山地頭代/光久/弓師範/切米十五石/吉田一水軒印西/伏見/金的/七十八人/七月朔日/松源山/伝弓院
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 通常AI各全1頁と原冊全幅照合済。養実関係、師範・地頭代と金的逸話・墓所を整理。没年朱異注等留保。
- 公開判定根拠
- 本人全記事と末尾歌を確認。師・地頭など関連人物を区別し、没年異注と細字疑義を明示して公開する。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁追加精読・原冊照合
- 本文境界判定
- 長左衛門尉重尚から末尾の二首目の歌と署名まで通常AI各全1頁を原冊66頁上段の左右・没年小注と照合。本文中の丸印は伊勢貞昌時の経歴への段落転換で新人物見出しではない。左隣の東郷二右衛門重昌は別条。全列収容、PDF変更・新番号不要。
- 判読保留
- 没年本文は万治二年、脇に朱書一と読める異注があるため年数を確定しない。金的逸話の元和年数・歌署名と法号の心宇部分の字形は留保する。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』