HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
土橋勘解由左衛門尉
異名・検索語:土橋勘解由左衛門尉/勘解由左衛門尉
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
大永七年、島津実久の命を受けて伊集院長崎塁を守った。天文五年、日新公が伊集院を攻めると、十一月二十八日に鮫島某を介して降伏を願い出た。塁に火を放って降参したと記される。本文に諱・出自・没年・没地の記載はない。
系譜・人物関係
実久の命で守備し、日新公へ降参。降伏交渉の記事に桑波田孫六左衛門と鮫島某が登場。
奉公・役職
伊集院長崎塁の守備。勘解由左衛門尉。
軍役・事績
大永七年に長崎塁守備。天文五年十一月二十八日に降伏を願い出て、塁へ放火して降参。
生没・法名等
没年・没地の記載なし。
- 統合人物ID
- HP-1261
- 原人物ID群
- 13-238-13
- 氏・分類
- 土橋
- 掲載巻頁
- 巻13:238
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 実久の命で守備し、日新公へ降参。降伏交渉の記事に桑波田孫六左衛門と鮫島某が登場。
- 検索キーワード
- 土橋勘解由左衛門尉/勘解由左衛門尉/伊集院長崎塁の守備。勘解由左衛門尉。/大永七年に長崎塁守備。天文五年十一月二十八日に降伏を願い出て、塁へ放火して降参。/没年・没地の記載なし。
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
- 公開判定根拠
- 従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 旧全2頁を確認。第2頁は白紙のため除外し、独立〇見出しから降参までの本文1頁を保存。桑波田・鮫島は同じ降伏場面の関係者で、新たな独立紹介ではない。
- 判読保留
- 原文は勘解由左衛門桑波田孫六左衛門鮫島某ヲ以降ヲ乞ヒ。鮫島某を介した交渉は明らかだが、桑波田孫六左衛門が降伏側か仲介側かは助詞が省略されており、役割を断定しない。先の桑波田孫六との同一性も自動確定しない。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』