HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
朝元法印
異名・検索語:朝元法印
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
朝元法印は俗姓救仁郷氏で、近江守頼宗の次男。家の由緒では、足利一族の渋川満頼が応永三年に九州探題として下向し、その子満氏が救仁郷頼綱の娘を妻として忠綱をもうけた。忠綱が外祖父の譲りを受けて救仁郷を名乗り、その子が頼宗と記す。朝元は天文年間、飯熊山新熊野三所大権現の別当となった。子孫は代々照信院の住持となったと伝える。本人の具体的な軍役、任命年、生没年・没地は記されない。
系譜・人物関係
父近江守頼宗。祖父忠綱、曽祖父満氏、その父渋川満頼とする系譜。
奉公・役職
天文年間、飯熊山新熊野三所大権現別当。子孫は代々照信院住持。
軍役・事績
本人の軍役の記載なし。
生没・法名等
生没年・没地は不記載。
- 統合人物ID
- HP-1169
- 原人物ID群
- 12-232-11
- 氏・分類
- 朝元
- 掲載巻頁
- 巻12:232
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 父近江守頼宗。祖父忠綱、曽祖父満氏、その父渋川満頼とする系譜。
- 検索キーワード
- 朝元法印/天文年間、飯熊山新熊野三所大権現別当。子孫は代々照信院住持。/本人の軍役の記載なし。
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
- 公開判定根拠
- 従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 既存AI用PDF全1頁を確認。系譜の満頼・満氏・忠綱・頼宗は祖先への言及で、独立見出しではない。
- 判読保留
- 応永三年の下向は先祖満頼の事績で朝元本人の年代ではない。末尾の本山派薩隅の職掌表現は原語のまま校合を残す。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』