← 『本藩人物誌』人物検索へ戻る
HP-1131巻6:106公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

中原坊慶隆

異名・検索語:中原坊慶隆

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

DESCRIPTION

本文内容説明

中原坊慶隆は、三浦氏を祖とする修験の家の後裔で、母は貴島氏。先祖は忠久の下向に供し、船が大風に遭った際に大峰で祈祷した由緒を伝える。竜伯公により中原坊から鹿児島の宝泉坊へ召し移され、般若院と称した。関ヶ原の乱後には本山助之丞に添えられ、山口殿・井伊殿との取り次ぎを通じて内府公への対面を認められた。山口殿の与力衆が派遣された際には案内役を務めて下向したと記す。生没年・没地は記されない。道釈伝の中原坊慶降は対応候補だが末字の異記を残す。

系譜・人物関係

三浦氏の後裔とする家。母貴島氏。道釈伝HP-1130は名の異記がある対応候補。

奉公・役職

竜伯公により宝泉坊へ召し移され般若院を称す。関ヶ原後の使者・案内役。

軍役・事績

本山助之丞に添えられ、山口殿・井伊殿と内府公の間の使者を務める。山口殿与力衆下向の案内。

生没・法名等

生没年・没地は不記載。

統合人物ID
HP-1131
原人物ID群
06-106-07
氏・分類
中原
掲載巻頁
巻6:106
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
三浦氏の後裔とする家。母貴島氏。道釈伝HP-1130は名の異記がある対応候補。
検索キーワード
中原坊慶隆/竜伯公により宝泉坊へ召し移され般若院を称す。関ヶ原後の使者・案内役。/本山助之丞に添えられ、山口殿・井伊殿と内府公の間の使者を務める。山口殿与力衆下向の案内。
公開区分
公開可
精読・確認状況
従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
公開判定根拠
従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
全1頁を再読。旧名中原坊隆の慶の脱落を補い、中原坊慶隆へ訂正。
判読保留
旧説明の貞久・義弘・本多氏を、本文の忠久・竜伯公・本山助之丞へ訂正。父祖の一部の名と続柄の細字は保留。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』