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HP-1076巻之四61頁注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

大野忠高

異名・検索語:大野忠高/大野七郎/樺山権左衛門

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

忠宗処刑時の処遇は原文「寺領」の語義を留保。末尾略系図から忠高の直系関係を補完していない。

DESCRIPTION

本文内容説明

大野忠高は七郎と称し、大野忠宗の婿養子。忠宗が誅され家が断絶した後、その娘の婿である縁によって大野家が再び召し立てられたと、本文小注は女子伝を引く。忠宗処刑時の忠高の処遇は「寺領」と記され、語義には確認の余地がある。朝鮮渡海の際に召し出され、養子関係の変更により樺山権左衛門と改名。家老に任じられて朝鮮へ渡った。現地での戦功は「加」の部に記すとして、この条では詳述されない。渡海年・任命した主君名・生没年・法名・墓所は記されない。

系譜・人物関係

忠宗の婿養子。忠宗娘の婿の縁で大野家再召立という女子伝の小注。末尾朱書略系図に資久・忠悟・忠康(右エ門大夫)・忠郷(三郎五郎、吉松戦死)。系図の線を忠高本人の直系として補完しない。

奉公・役職

朝鮮御渡海の時に召し出され、養子違変にて樺山権左エ門と改名、御家老を命じられる。任命主君名・知行・具体年記は当条に記載なし。

軍役・事績

家老任命後、彼地へ罷り渡る。戦功等は加の部に相記すと明記され、当条では詳述なし。

生没・法名等

生没年・享年・法名・墓所は当条に記載なし。略系図の吉松戦死は忠郷に付く注で忠高本人の死亡記事ではない。

統合人物ID
HP-1076
原人物ID群
04-061-02
氏・分類
大野
掲載巻頁
巻之四61頁
主題・活動
婿養子・家再興・改名・家老・朝鮮渡海
人物関係要約
忠宗の婿養子。忠宗娘の婿の縁で大野家再召立という女子伝の小注。末尾朱書略系図に資久・忠悟・忠康(右エ門大夫)・忠郷(三郎五郎、吉松戦死)。系図の線を忠高本人の直系として補完しない。
検索キーワード
大野忠高/大野七郎/大野忠宗/婿養子/女子伝/大野家/再召立/寺領/朝鮮渡海/養子違変/樺山権左衛門/改名/家老/加の部/資久/忠悟/忠康/忠郷/略系図
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
通常AI各全1頁・原冊照合済。婿養子・再召立・改名・家老任命・渡海を確認。寺領の語義留保。
公開判定根拠
本人の改名・役職・渡海を確認し、処遇語と系図の留保を明示して本文へ案内可能。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合
本文境界判定
〇大野七郎忠高から加ノ部ニ相記スまでと、続く朱書略系図を保持。前条忠宗や次条一大野正右衛門久武の本文混入なし。通常AI各全1頁・原冊73頁全景・500dpi全条・900dpi処遇語を照合。既存PDFの境界を維持、新番号不要。
判読保留
忠宗処刑時の処遇は原文「寺領イタシ候処」と読めるが、その語義は別途確認を要する。旧説明の「蟄居」と断定しない。/末尾朱書略系図は資久・忠悟・忠康・忠郷等を記すが、忠高に至る続柄を当条だけで補完しない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』