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HP-1058巻4:65注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

大山経綱

異名・検索語:大山経綱/大山織部佐経綱

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

系譜には高綱後裔説と定綱五男実定流説が併記される。経綱・鮮綱・平七鮮綱の異記を残す。祖先名・世代数の細部には確認を要する箇所がある。

DESCRIPTION

本文内容説明

大山経綱は織部佐を称し、永正十一年生まれ。大山村三十町を領し、加世田に住んで大中公に仕えた。天文二十三年九月晦日、岩剣城下の星原で戦死した。本文は佐々木高綱の後裔とし、祖先が日向白糸荘、隅州西俣を経て頴娃の大山村に住み、大山氏を称したと伝える。一方、定綱の五男大山藤次実定の流れとする説も載せる。名は鮮綱とも記され、系図の平七鮮綱という表記を注記する。法名・墓所は記されない。

系譜・人物関係

本文は佐々木高綱後裔とし、定綱五男大山藤次実定流説も併記。行綱の義父義清、乗綱の日向白糸荘居住、友綱の西俣落城後の頴娃大山村居住を記す。経綱・鮮綱・系図平七鮮綱の異記あり。

奉公・役職

大山村三十町領地、加世田居住、大中公に奉仕。主君実名は補わない。

軍役・事績

天文二十三年九月晦日、岩剣城下星原で戦死。元綱の戦死、綱次の吉田城での死は祖先記事で経綱に帰属させない。

生没・法名等

永正十一年生。天文二十三年九月晦日、岩剣城下星原戦死。法名・墓所・享年の記載なし。

統合人物ID
HP-1058
原人物ID群
04-065-01
氏・分類
大山
掲載巻頁
巻4:65
主題・活動
領地・奉公・戦死・系譜異説
人物関係要約
本文は佐々木高綱後裔とし、定綱五男大山藤次実定流説も併記。行綱の義父義清、乗綱の日向白糸荘居住、友綱の西俣落城後の頴娃大山村居住を記す。経綱・鮮綱・系図平七鮮綱の異記あり。
検索キーワード
大山経綱/大山織部佐/鮮綱/平七鮮綱/佐々木高綱/佐々木定綱/大山藤次実定/白糸荘/西俣/頴娃/大山村/三十町/加世田/大中公/永正十一年/天文二十三年/九月晦日/岩剣城/星原/戦死
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
通常AI各全1頁・原冊照合、修正通常AI各全1頁確認済。
公開判定根拠
本人の領地・居所・奉公・戦死地を確認。生年と戦死日を訂正し、系譜異説を注記して検索公開可。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
本文境界判定
一大山織部佐経綱から星原ニ戦死まで。右12pt拡張で系図・家伝小注を復元、左3pt縮小で次条幸綱の朱字断片を除去。〇大山筑右エ門家伝以下は同系譜の異説で新人物紹介ではない。通常AI各全1頁確認。
判読保留
系譜に高綱後裔説と定綱五男実定流説を併記。見出し経綱に対し本文鮮綱・系図平七鮮綱の異記があり、統一しない。/祖先の細字名・世代数の対応は確定せず、本文の系譜を外部系図で補わない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』