HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
大山経綱
異名・検索語:大山経綱/大山織部佐経綱
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
系譜には高綱後裔説と定綱五男実定流説が併記される。経綱・鮮綱・平七鮮綱の異記を残す。祖先名・世代数の細部には確認を要する箇所がある。
DESCRIPTION
本文内容説明
大山経綱は織部佐を称し、永正十一年生まれ。大山村三十町を領し、加世田に住んで大中公に仕えた。天文二十三年九月晦日、岩剣城下の星原で戦死した。本文は佐々木高綱の後裔とし、祖先が日向白糸荘、隅州西俣を経て頴娃の大山村に住み、大山氏を称したと伝える。一方、定綱の五男大山藤次実定の流れとする説も載せる。名は鮮綱とも記され、系図の平七鮮綱という表記を注記する。法名・墓所は記されない。
系譜・人物関係
本文は佐々木高綱後裔とし、定綱五男大山藤次実定流説も併記。行綱の義父義清、乗綱の日向白糸荘居住、友綱の西俣落城後の頴娃大山村居住を記す。経綱・鮮綱・系図平七鮮綱の異記あり。
奉公・役職
大山村三十町領地、加世田居住、大中公に奉仕。主君実名は補わない。
軍役・事績
天文二十三年九月晦日、岩剣城下星原で戦死。元綱の戦死、綱次の吉田城での死は祖先記事で経綱に帰属させない。
生没・法名等
永正十一年生。天文二十三年九月晦日、岩剣城下星原戦死。法名・墓所・享年の記載なし。
- 統合人物ID
- HP-1058
- 原人物ID群
- 04-065-01
- 氏・分類
- 大山
- 掲載巻頁
- 巻4:65
- 主題・活動
- 領地・奉公・戦死・系譜異説
- 人物関係要約
- 本文は佐々木高綱後裔とし、定綱五男大山藤次実定流説も併記。行綱の義父義清、乗綱の日向白糸荘居住、友綱の西俣落城後の頴娃大山村居住を記す。経綱・鮮綱・系図平七鮮綱の異記あり。
- 検索キーワード
- 大山経綱/大山織部佐/鮮綱/平七鮮綱/佐々木高綱/佐々木定綱/大山藤次実定/白糸荘/西俣/頴娃/大山村/三十町/加世田/大中公/永正十一年/天文二十三年/九月晦日/岩剣城/星原/戦死
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 通常AI各全1頁・原冊照合、修正通常AI各全1頁確認済。
- 公開判定根拠
- 本人の領地・居所・奉公・戦死地を確認。生年と戦死日を訂正し、系譜異説を注記して検索公開可。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
- 本文境界判定
- 一大山織部佐経綱から星原ニ戦死まで。右12pt拡張で系図・家伝小注を復元、左3pt縮小で次条幸綱の朱字断片を除去。〇大山筑右エ門家伝以下は同系譜の異説で新人物紹介ではない。通常AI各全1頁確認。
- 判読保留
- 系譜に高綱後裔説と定綱五男実定流説を併記。見出し経綱に対し本文鮮綱・系図平七鮮綱の異記があり、統一しない。/祖先の細字名・世代数の対応は確定せず、本文の系譜を外部系図で補わない。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』