HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
大河平隆貞
異名・検索語:大河平隆貞/大河平甚右衛門隆貞/甚右衛門
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
未確定事項:年齢の前の字が七か送り仮名ヒかを留保。「手負ヒ十四歳」と「手負、七十四歳」のいずれかを確定しない。
DESCRIPTION
本文内容説明
大河平甚右衛門隆貞は、隆屋の四男である治部左衛門隆文(入道清山)の子。天正十三年八月、堅志田城の役で負傷して没したと記される。法号は心叟常安居士。年齢部分は「手負ヒ十四歳」と「手負、七十四歳」の読み分けを留保する。父の官途を本人の旧称とした従来の「初め治左衛門」という説明は採らない。没日の詳細や墓所は本条に記されていない。
系譜・人物関係
隆屋四男の治部左衛門隆文(入道清山)の子。隆貞自身が隆屋の四男ではない。小注の治部左衛門は父の官途であり、本人の初称治左衛門ではない。
奉公・役職
本条に主君や具体的役職・知行の記載なし。甚右衛門を通称として保持。
軍役・事績
天正十三年八月、堅志田城の役で負傷。戦闘の詳細は記載なし。
生没・法名等
堅志田城の役の負傷と卒去を記す。年齢は十四歳/七十四歳の読み分け留保。法号心叟常安居士。具体的没日・没地・墓所は別記されない。
- 統合人物ID
- HP-1054
- 原人物ID群
- 04-067-04
- 氏・分類
- 大河平
- 掲載巻頁
- 巻4:67
- 主題・活動
- 堅志田城役・負傷・卒去
- 人物関係要約
- 隆屋四男の治部左衛門隆文(入道清山)の子。隆貞自身が隆屋の四男ではない。小注の治部左衛門は父の官途であり、本人の初称治左衛門ではない。
- 検索キーワード
- 大河平隆貞/甚右衛門/隆文/清山/治部左衛門/隆屋/孫/天正十三年/八月/堅志田城/負傷/心叟常安居士
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 通常AI各全1頁・原冊照合、修正通常AI各全1頁確認済。
- 公開判定根拠
- 隆文の子という系譜と堅志田城役・法号を確認。年齢字形の疑義を注記して公開可。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
- 本文境界判定
- 一大河平甚右衛門隆貞から法号心叟常安居士まで。系譜割注は隆文の子まで本条に属する。後続奥彦助入道休安とは分離済み。右5pt拡張で朱表示復元、下端110ptで頁番号除去。通常AI各全1頁確認済、新番号不要。
- 判読保留
- 年齢の前の字が七か送り仮名ヒかを留保。「手負ヒ十四歳」と「手負、七十四歳」のいずれかを確定しない。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』