HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
大河平隆尚
異名・検索語:大河平隆尚/大河平細右衛門隆尚/細右衛門
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
未確定事項:法号は桂巌□林居士。中一字は浄・泊の判別を留保する。
DESCRIPTION
本文内容説明
大河平細右衛門隆尚は隆重の二男。兄隆商が嫡家を相続したため、隆重の家を継いだ。元和八年十二月、親類が暮らす飯野大河平は境目にあるため、人質として加治木へ召し置かれた。寛永十五年正月、加治木の人数が家久公から又八郎殿へ進められる際、移住を願い出た。鹿児島へ移るよう命じられ、加治木から転居した。万治元年十一月三日に病死。法号は桂巌□林居士(□は判読留保)。子孫として大河平源太左衛門が記される。本文は家の継承を述べており、隆重への改名は記されていない。
系譜・人物関係
隆重の二男。兄隆商が嫡家を相続したため隆重の家を継ぐ。家の継承であって継名・改名の記載ではない。末尾の大河平源太左衛門は子孫。
奉公・役職
元和八年十二月、飯野大河平に親類が居住し境目にあるため、人質として加治木へ召し置かれる。寛永十五年正月、家久公から又八郎殿への加治木人数移管に際し転居を願い、鹿児島へ移住。命令者は補わない。
軍役・事績
家の継承、人質としての滞在と移住を記す。本人の戦闘・軍功は本条に記されない。
生没・法名等
万治元年十一月三日病死。法号桂巌□林居士、中一字判読留保。没地・享年は本文に記載なし。初読の十二月は十一月へ訂正。
- 統合人物ID
- HP-1051
- 原人物ID群
- 04-067-03
- 氏・分類
- 大河平
- 掲載巻頁
- 巻4:67
- 主題・活動
- 家督・人質・移住
- 人物関係要約
- 隆重の二男。兄隆商が嫡家を相続したため隆重の家を継ぐ。家の継承であって継名・改名の記載ではない。末尾の大河平源太左衛門は子孫。
- 検索キーワード
- 大河平隆尚/細右衛門/隆重/二男/隆商/家督/元和八年/飯野/大河平/境目/人質/加治木/寛永十五年/家久公/又八郎殿/鹿児島/万治元年/十一月三日/病死
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 通常AI各全1頁・原冊照合、修正通常AI各全1頁確認済。
- 公開判定根拠
- 隆重の家の継承と改名を区別し、人質・転居・没日を確認。法号中一字の疑義を明記して公開可。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
- 本文境界判定
- 〇大河平細右衛門隆尚から子孫大河平源太左衛門まで一人物条。右端3pt拡張で通称脇小注を保持、左端5pt縮小で隣条朱標識片を除外。通常・AI各全1頁確認済み。新番号不要。
- 判読保留
- 法号は桂巌□林居士。中一字は浄・泊の判別を留保する。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』