HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
相模坊光久
異名・検索語:相模坊光久
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
相模坊光久は愛甲氏の法印で、吉松内の小野寺住持。永禄十一年八月十九日、伊東加賀守を大将とする軍が飯野原田村の内山原に陣取り、飯野・加久藤両城へ向かった際、調伏を命じられた。敵陣に兵道密法の針を埋めると、伊東軍の在陣中に悪い出来事が続いたと伝える。この勤功により三ノ山瀬太尾宮座主を命じられたという。本文は祈祷の効験として語っており、光久本人の武器による戦闘、家族、生没年・没地は記さない。
系譜・人物関係
姓は愛甲氏。伊東加賀守の軍を調伏する記事。
奉公・役職
法印。吉松内小野寺住持。三ノ山瀬太尾宮座主。
軍役・事績
永禄十一年八月十九日の伊東軍進出に対し調伏。敵陣へ針を埋めた効験を伝える。
生没・法名等
生没年・没地は不記載。
- 統合人物ID
- HP-1002
- 原人物ID群
- 12-232-10
- 氏・分類
- 相模坊
- 掲載巻頁
- 巻12:232
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 姓は愛甲氏。伊東加賀守の軍を調伏する記事。
- 検索キーワード
- 相模坊光久/法印。吉松内小野寺住持。三ノ山瀬太尾宮座主。/永禄十一年八月十九日の伊東軍進出に対し調伏。敵陣へ針を埋めた効験を伝える。
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
- 公開判定根拠
- 従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 既存AI用PDF全1頁を確認。前後人物の混入なし。
- 判読保留
- 光久は本人の名で、島津光久との関係記事ではない。祈祷の効験を客観的な戦果と断定しない。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』