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HP-1002巻12:232公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

相模坊光久

異名・検索語:相模坊光久

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

DESCRIPTION

本文内容説明

相模坊光久は愛甲氏の法印で、吉松内の小野寺住持。永禄十一年八月十九日、伊東加賀守を大将とする軍が飯野原田村の内山原に陣取り、飯野・加久藤両城へ向かった際、調伏を命じられた。敵陣に兵道密法の針を埋めると、伊東軍の在陣中に悪い出来事が続いたと伝える。この勤功により三ノ山瀬太尾宮座主を命じられたという。本文は祈祷の効験として語っており、光久本人の武器による戦闘、家族、生没年・没地は記さない。

系譜・人物関係

姓は愛甲氏。伊東加賀守の軍を調伏する記事。

奉公・役職

法印。吉松内小野寺住持。三ノ山瀬太尾宮座主。

軍役・事績

永禄十一年八月十九日の伊東軍進出に対し調伏。敵陣へ針を埋めた効験を伝える。

生没・法名等

生没年・没地は不記載。

統合人物ID
HP-1002
原人物ID群
12-232-10
氏・分類
相模坊
掲載巻頁
巻12:232
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
姓は愛甲氏。伊東加賀守の軍を調伏する記事。
検索キーワード
相模坊光久/法印。吉松内小野寺住持。三ノ山瀬太尾宮座主。/永禄十一年八月十九日の伊東軍進出に対し調伏。敵陣へ針を埋めた効験を伝える。
公開区分
公開可
精読・確認状況
従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
公開判定根拠
従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
既存AI用PDF全1頁を確認。前後人物の混入なし。
判読保留
光久は本人の名で、島津光久との関係記事ではない。祈祷の効験を客観的な戦果と断定しない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』