HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
川上久慶
異名・検索語:川上久慶/川上十郎左衛門尉久慶 入道芳安
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
未確定事項:天正三年生・寛文五年没・九十二歳の記載は数え年が整合しない。生年や没年を逆算訂正しない。旧説明の九十三歳は原字により九十二歳へ訂正。/墓所寺名の細字、慶長十一年射手記事の日付と正保四年の朱注の月日表記は追加校合を要する。没地を墓所から推定しない。/慈眼公・寛陽公の呼称を原文に従って扱い、ここでは実名を補わない。通久との処置は本文叙述として記す。
DESCRIPTION
本文内容説明
川上十郎左衛門尉久慶、入道芳安は倍久の子。父から弓馬の道を受け継ぎ、朝鮮渡海の記事もある。犬追物の射手・検見役を務め、全書の抜書と十七問答を作り、和歌二百余首を詠んだ。元和二年に弓馬書・所領を嫡子通久へ譲ったが、通久が父を養わず、慈眼公から五十石を与えられたという。のち通久が放逐されると赦免を願い、伝書も久慶へ返された。正保年間には江戸芝邸と武州王子原の犬追物で検見を勤め、将軍に拝謁した。寛文五年正月十八日没、法名は心月芳安庵主。本文は天正三年生・享年九十二とするが年数が整合しない。没地は明記されず、墓所の寺名は判読を留保する。
系譜・人物関係
倍久の子、十郎左衛門尉、入道芳安。父は既存HP-1941/05-075-01-02で別人物。嫡子は志摩通久。
奉公・役職
父から弓馬の道を相伝。犬追物射手・検見役、江戸芝邸と武州王子原の検見、将軍拝謁。
軍役・事績
朝鮮渡海。犬追物全書の抜書・十七問答、和歌二百余首。元和二年書と所領を通久へ譲渡、父を養わず慈眼公から五十石。通久放逐の赦免願いと伝書返却。
生没・法名等
寛文五年正月十八日没、本文享年九十二。天正三年生とは不整合。法名心月芳安庵主。墓寺名細字留保、没地不記載。
- 統合人物ID
- HP-0933
- 原人物ID群
- 05-075-02
- 氏・分類
- 川上
- 掲載巻頁
- 巻5:75
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 倍久の子、十郎左衛門尉、入道芳安。父は既存HP-1941/05-075-01-02で別人物。嫡子は志摩通久。
- 検索キーワード
- 天正/慶長/元和/正保/渡海/子/父/母/女/卒/墓/歳/家系由緒・奉公・軍役
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 通常AI各全2頁・原冊75頁・細字拡大確認済。
- 公開判定根拠
- 父名・武州王子原・享年を原字により訂正し、伝書和歌と通久との関係を具体化。年代不整合等を注記して公開する。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁追加精読・原冊照合
- 本文境界判定
- 冊子75頁上段〇川上十郎左衛門尉久慶入道芳安から、渡海・犬追物・通久との処置・和歌・伝書記事、同頁下段右端の武州王子原・将軍拝謁・没年法名墓注まで通常AI各2頁。途中〇高麗渡海は同一人物の事項見出しで、新人物ではない。次の一川上五次右衛門忠商は含まれない。PDF・IDを維持。
- 判読保留
- 天正三年生・寛文五年没・九十二歳の記載は数え年が整合しない。生年や没年を逆算訂正しない。旧説明の九十三歳は原字により九十二歳へ訂正。/墓所寺名の細字、慶長十一年射手記事の日付と正保四年の朱注の月日表記は追加校合を要する。没地を墓所から推定しない。/慈眼公・寛陽公の呼称を原文に従って扱い、ここでは実名を補わない。通久との処置は本文叙述として記す。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』