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HP-0882巻12:233公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

清誉上人

異名・検索語:清誉上人

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

DESCRIPTION

本文内容説明

清誉上人は京都出身で、進藤筑後守の弟。近衛家の寺である京都不断光院に住み、歌道に通じていた。近衛家から日新公・貴久・義久への使者として、たびたび当国へ下向した。永禄五年、貴久が清誉を招いて寺を建立し、同じく不断光院と名付け、寺領八町六反を寄進した。その寺領はいったん召し上げられたが、後に義弘から五十石が寄進されたと記す。生没年・没地は記されない。

系譜・人物関係

進藤筑後守の弟。近衛家、日新公・貴久・義久・義弘との関係。

奉公・役職

京都不断光院住僧。近衛家の使者として下向。永禄五年貴久建立の不断光院へ招かれる。

軍役・事績

歌道に通じる。寺領八町六反、召上げ後義弘の五十石寄進。

生没・法名等

生没年・没地は不記載。

統合人物ID
HP-0882
原人物ID群
12-233-03
氏・分類
清誉
掲載巻頁
巻12:233
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
進藤筑後守の弟。近衛家、日新公・貴久・義久・義弘との関係。
検索キーワード
清誉上人/清誉上人/京都不断光院住僧。近衛家の使者として下向。永禄五年貴久建立の不断光院へ招かれる。/歌道に通じる。寺領八町六反、召上げ後義弘の五十石寄進。/生没年・没地は不記載。
公開区分
公開可
精読・確認状況
従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
公開判定根拠
従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
既存AI用PDF全1頁を確認。前後人物の混入なし。
判読保留
筑後は兄の官途で、清誉の活動地ではない。寄進は寺領で個人への知行給付とはしない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』