HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
清誉上人
異名・検索語:清誉上人
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
清誉上人は京都出身で、進藤筑後守の弟。近衛家の寺である京都不断光院に住み、歌道に通じていた。近衛家から日新公・貴久・義久への使者として、たびたび当国へ下向した。永禄五年、貴久が清誉を招いて寺を建立し、同じく不断光院と名付け、寺領八町六反を寄進した。その寺領はいったん召し上げられたが、後に義弘から五十石が寄進されたと記す。生没年・没地は記されない。
系譜・人物関係
進藤筑後守の弟。近衛家、日新公・貴久・義久・義弘との関係。
奉公・役職
京都不断光院住僧。近衛家の使者として下向。永禄五年貴久建立の不断光院へ招かれる。
軍役・事績
歌道に通じる。寺領八町六反、召上げ後義弘の五十石寄進。
生没・法名等
生没年・没地は不記載。
- 統合人物ID
- HP-0882
- 原人物ID群
- 12-233-03
- 氏・分類
- 清誉
- 掲載巻頁
- 巻12:233
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 進藤筑後守の弟。近衛家、日新公・貴久・義久・義弘との関係。
- 検索キーワード
- 清誉上人/清誉上人/京都不断光院住僧。近衛家の使者として下向。永禄五年貴久建立の不断光院へ招かれる。/歌道に通じる。寺領八町六反、召上げ後義弘の五十石寄進。/生没年・没地は不記載。
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
- 公開判定根拠
- 従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 既存AI用PDF全1頁を確認。前後人物の混入なし。
- 判読保留
- 筑後は兄の官途で、清誉の活動地ではない。寄進は寺領で個人への知行給付とはしない。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』