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HP-0863巻12:229公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

瀬戸口八郎右衛門尉重勝

異名・検索語:瀬戸口重勝/瀬戸口八郎右衛門尉重勝

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

DESCRIPTION

本文内容説明

瀬戸口八郎右衛門尉重勝は、木崎原合戦で竹下又左衛門とともに名のある武士・長峰弥四郎を討ち取ったと記す。豊後と高麗への供奉覚書があるという。東郷家の一族とするが、先祖の詳しいことは不明と記す。子孫に瀬戸口八郎右衛門を掲げ、別の子孫注では七兵衛が事情により船手附となり、先祖の武功を理由に延宝八年に再び召し出されたと伝える。延宝年間の記事は重勝本人の奉公ではない。本人の生没年・没地は記されない。

系譜・人物関係

東郷家一族、先祖不詳。子孫八郎右衛門、別注に子孫七兵衛。

奉公・役職

豊後・高麗への供奉覚書。子孫七兵衛は船手附、延宝八年復召出。

軍役・事績

木崎原で竹下又左衛門とともに長峰弥四郎を討取。

生没・法名等

本人の生没年・没地なし。

統合人物ID
HP-0863
原人物ID群
12-229-07
氏・分類
瀬戸口
掲載巻頁
巻12:229
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
東郷家一族、先祖不詳。子孫八郎右衛門、別注に子孫七兵衛。
検索キーワード
瀬戸口八郎右衛門尉重勝/豊後・高麗への供奉覚書。子孫七兵衛は船手附、延宝八年復召出。/木崎原で竹下又左衛門とともに長峰弥四郎を討取。/本人の生没年・没地なし。
公開区分
公開可
精読・確認状況
従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
公開判定根拠
従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
全1頁。子孫七兵衛の延宝八年記事は後世の家系注として保持し、本人の事績から区別。
判読保留
船手附となった事情は不明。覚書の存在と本人による執筆とは区別する。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』