HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
瀬戸口八郎右衛門尉重勝
異名・検索語:瀬戸口重勝/瀬戸口八郎右衛門尉重勝
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
瀬戸口八郎右衛門尉重勝は、木崎原合戦で竹下又左衛門とともに名のある武士・長峰弥四郎を討ち取ったと記す。豊後と高麗への供奉覚書があるという。東郷家の一族とするが、先祖の詳しいことは不明と記す。子孫に瀬戸口八郎右衛門を掲げ、別の子孫注では七兵衛が事情により船手附となり、先祖の武功を理由に延宝八年に再び召し出されたと伝える。延宝年間の記事は重勝本人の奉公ではない。本人の生没年・没地は記されない。
系譜・人物関係
東郷家一族、先祖不詳。子孫八郎右衛門、別注に子孫七兵衛。
奉公・役職
豊後・高麗への供奉覚書。子孫七兵衛は船手附、延宝八年復召出。
軍役・事績
木崎原で竹下又左衛門とともに長峰弥四郎を討取。
生没・法名等
本人の生没年・没地なし。
- 統合人物ID
- HP-0863
- 原人物ID群
- 12-229-07
- 氏・分類
- 瀬戸口
- 掲載巻頁
- 巻12:229
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 東郷家一族、先祖不詳。子孫八郎右衛門、別注に子孫七兵衛。
- 検索キーワード
- 瀬戸口八郎右衛門尉重勝/豊後・高麗への供奉覚書。子孫七兵衛は船手附、延宝八年復召出。/木崎原で竹下又左衛門とともに長峰弥四郎を討取。/本人の生没年・没地なし。
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
- 公開判定根拠
- 従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 全1頁。子孫七兵衛の延宝八年記事は後世の家系注として保持し、本人の事績から区別。
- 判読保留
- 船手附となった事情は不明。覚書の存在と本人による執筆とは区別する。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』