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HP-0659巻1:16公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

市来三郎次郎

異名・検索語:市来三郎次郎/三郎次郎

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

公開可

戦死月は原冊の十一月に訂正(旧OCRは十二月)。朝鮮御供は別人物の弥兵衛の記事として分離済みで、三郎次郎の経歴に含めない。日平城は本書表記に従い、市来次郎兵衛との家族関係は推測しない。

DESCRIPTION

本文内容説明

市来三郎次郎。天正十二年十一月二十六日、肥後の日平城で敵と刺し違えて戦死したと記される。子孫は加世田にいた。記事には、伊集院美作守が市来次郎兵衛へ送った書状に見える旨の出典注記があるが、その書状の年次・全文は本条には載らない。本人の諱、主君・役職、知行、享年・法号・墓所は記されない。隣の弥兵衛の朝鮮御供記事は別人の記載である。

系譜・人物関係

市来氏。子孫は加世田に有之と記す。諱・父祖・子孫の具体名は不記載。市来次郎兵衛は参照書状の宛先であり、本人との親子関係等を補わない。

奉公・役職

本人の主君・役職・知行は不記載。伊集院美作守から市来次郎兵衛への書状が出典として挙げられる。

軍役・事績

天正十二年十一月廿六日、於肥後日平城敵ト指違戦死。朝鮮御供は隣接弥兵衛の別記事であり本人の軍役としない。

生没・法名等

天正十二年十一月廿六日、肥後日平城で敵と刺し違えて戦死。年齢・法号・墓所は不記載。旧十二月を原冊に従い十一月へ訂正。

統合人物ID
HP-0659
原人物ID群
01-016-10
氏・分類
市来
掲載巻頁
巻1:16
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
市来氏。子孫は加世田に有之と記す。諱・父祖・子孫の具体名は不記載。市来次郎兵衛は参照書状の宛先であり、本人との親子関係等を補わない。
検索キーワード
市来三郎次郎/三郎次郎/天正十二年十一月二十六日/肥後/日平城/戦死/刺し違え/子孫/加世田/伊集院美作守/市来次郎兵衛/書状
公開区分
公開可
精読・確認状況
AI全1頁・通常全1頁・原冊16頁・日付出典注記拡大照合済み。
公開判定根拠
具体的な戦死日・場所・最期と子孫の居所、参照書状の記載を全頁確認。月の誤読・別人事績混入を除いて公開可。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合
本文境界判定
AI全1頁・通常全1頁・原冊16頁(第1分冊27頁)・日付と出典注記拡大を照合。一市来三郎次郎から加世田ニ有之、および伊集院美作守ヨリ市来次郎兵衛江被遣候書状ニ相見得候也の付記を保持。原冊は天正十二年十一月廿六日であり、旧OCRの十二月を訂正。独立小項目一市来弥兵衛朝鮮御供は既存01-016-10-02に分離済み。本人PDFへの混入・本文欠損なし。現行PDF・ID維持、新規採番なし。
判読保留
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出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』