HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
市来家住
異名・検索語:市来家住/市来出雲家住/出雲/家住
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
御平様に関わる本文の奉公と、細字の家正・家幸の系譜・移住記事を区別した。御死去は御平様を指す。細字一字、門前札の制度的意味、札改めの具体年、国分様の実名は留保。和泉は本文の表記を維持。
DESCRIPTION
本文内容説明
市来家住。出雲を称する。竜伯公の娘・御平様が和泉の義虎と婚姻する際に召し付けられ、和泉に赴いたと記される。忠辰の改易後、御平様は国分へ移り、その死去後は国分様に奉仕したという。細字注記では、家住の子は出雲家正、その子は吉左衛門家幸とする。家幸は「逼迫」して鹿児島へ移り、寛永年間の札改めの際、浄光明寺門前の札を受け置いたと伝える。子孫の移住・札の記事を家住本人の経歴とはしない。家住の生没年・享年・法号・墓所、具体的な役職・軍功は記されない。
系譜・人物関係
市来出雲家住→子の出雲家正→その子の吉左衛門家幸。本文は竜伯公御姫御平様、和泉之義虎、又太郎忠辰、国分様に言及。御平様は竜伯公の娘として記される。
奉公・役職
御平様と和泉の義虎の御縁与に際し被召付、和泉に罷在。忠辰改易後に御平様が国分に移り、その御死去以後国分様へ奉仕と記す。家幸の寛永年間の札改め・門前札受領は細字子孫記事。
軍役・事績
婚姻に伴う奉公・居所の移動・奉仕先の推移を記す。家幸は逼迫して鹿児島に移住し、寛永年中の札改め時に浄光明寺門前札を申受置候由。具体的な軍役・戦功は不記載。
生没・法名等
御死去は御平様の死去であり、家住の死亡記録ではない。家住の生没年・享年・法号・墓所は不記載。
- 統合人物ID
- HP-0650
- 原人物ID群
- 01-016-13
- 氏・分類
- 市来
- 掲載巻頁
- 巻1:16
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 市来出雲家住→子の出雲家正→その子の吉左衛門家幸。本文は竜伯公御姫御平様、和泉之義虎、又太郎忠辰、国分様に言及。御平様は竜伯公の娘として記される。
- 検索キーワード
- 市来家住/市来出雲家住/出雲/家正/吉左衛門家幸/家幸/竜伯公/御平様/和泉/義虎/忠辰/国分/国分様/鹿児島/寛永/札改/浄光明寺/門前札
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- AI全1頁・通常全1頁・原冊16頁・系譜細字上下拡大・修復通常AI各1頁照合済み。
- 公開判定根拠
- 婚姻時の奉公・居所と奉仕先の移動、三代の系譜を全頁確認。子孫の事績を区別し細字等の留保を明示して検索公開可。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
- 本文境界判定
- AI全1頁・通常全1頁・原冊16頁(第1分冊27頁)・系譜細字上下拡大・修復通常AI各1頁を照合。一市来出雲家住、本文の御平様婚姻時の奉公から国分様ヘ奉仕候まで、細字の家住子ハ出雲家正其子吉左衛門家幸から門前札申受置候由までを保持。細字は家住の子孫記事で独立見出しではない。原冊再切出しで左隣人物の文字断片を除外し本人本文を保持。既存ID維持、新規採番なし。
- 判読保留
- 細字の居住之に続く一字と、浄光明寺門前札の制度上の意味は未確定。札改めの具体年・国分様の実名も本条だけでは確定しない
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』