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HP-0486巻7:120~121注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

黒田頼清

異名・検索語:黒田嘉兵衛頼清/初名黒田新左衛門

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:父の名は従来「山典厩」と整理したが字形・比定を留保する。遺腹の子・母方姓という本文と黒田八郎左衛門の子とする傍記は異記として扱い、系譜を一本化しない。/本文は没年月不詳。割注には二月二十三日、了庵浄と読める法号らしい記載があるが、年・法号の確読は留保する。/渡海・泗川の細字と子孫記事の続柄は留保。関ヶ原出陣、能瀬蔵奉行、陣羽織の記事を頼清本人の事績として補完しない。旧説明の「良馬を確保」は原文から確認できず削除した。

DESCRIPTION

本文内容説明

黒田嘉兵衛頼清は初め新左衛門と称し、母方の黒田姓を用いたと伝える。出自には異なる記述がある。朝鮮へ渡海し、庄内の戦いでは志和地落城時、高城で新納勘解由久宣・本田弥吉とともに先登して槍を交えた。久宣と頼清が互いに先登の功を譲ったと『庄内軍記』に見える。本文は没年月不詳とし、割注に二月二十三日と法号らしい記載を載せる。後段には子孫の奉公と陣羽織の伝来を記す。生年・没地は本条から確定できない。

系譜・人物関係

母方の黒田姓を用いたという伝承。父名・出自に異記があり、黒田八郎左衛門の子とする傍記もある。子孫の続柄は留保。

奉公・役職

初名新左衛門、嘉兵衛。子孫の記事にある能瀬蔵奉行を本人役職としない。

軍役・事績

朝鮮へ渡海。庄内志和地落城時の高城先登を新納久宣・本田弥吉と行い、久宣と先登の功を互いに譲ったとする。

生没・法名等

本文は没年月不詳。割注の二月二十三日・了庵浄らしい法号記載は留保付き。生年・没地は確定しない。

統合人物ID
HP-0486
原人物ID群
07-120-04
氏・分類
黒田
掲載巻頁
巻7:120~121
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
母方の黒田姓を用いたという伝承。父名・出自に異記があり、黒田八郎左衛門の子とする傍記もある。子孫の続柄は留保。
検索キーワード
黒田頼清/黒田嘉兵衛/黒田新左衛門/朝鮮/庄内/志和地/高城/先登/新納久宣/本田弥吉/庄内軍記/陣羽織/二月二十三日
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
旧AI全4頁再読・修復通常AI全2頁確認、原冊照合済。
公開判定根拠
庄内先登と本人・子孫記事を区別し、出自・法号等の留保を明示。文字列の分断を修復して記載箇所へ案内可能。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
本文境界判定
冊子120頁下段の一黒田嘉兵衛頼清から121頁冒頭の子孫に伝えるという結語まで。旧第1~3頁は同じ原冊下段の連続範囲で、内部境界が文字を分断していたため一頁へ再構成。末尾一頁を維持し全2頁とした。前の久保盛左衛門条・次の黒田与一左衛門条は含めない。子孫の付記は本条内で独立見出しなし、新番号不要。
判読保留
父の名は従来「山典厩」と整理したが字形・比定を留保する。遺腹の子・母方姓という本文と黒田八郎左衛門の子とする傍記は異記として扱い、系譜を一本化しない。/本文は没年月不詳。割注には二月二十三日、了庵浄と読める法号らしい記載があるが、年・法号の確読は留保する。/渡海・泗川の細字と子孫記事の続柄は留保。関ヶ原出陣、能瀬蔵奉行、陣羽織の記事を頼清本人の事績として補完しない。旧説明の「良馬を確保」は原文から確認できず削除した。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』