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HP-0446巻之十二:227公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

広場休蔵重綱

異名・検索語:広場重綱/広場休蔵重綱/休蔵/鈴木氏

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

DESCRIPTION

本文内容説明

広場休蔵重綱は秀吉旗本の広場三河守の三男で、鷹師だった。天正十六年、義弘が上洛して羽柴美濃守と親しくなり、翌十七年に休蔵を所望して家臣とし、鷹師を務めさせたと記す。文禄元年に朝鮮へ供奉し、慶長五年には伏見城松ノ丸口を攻め破った人数の一人となった。関ヶ原から義弘が帰国する際にも供奉。その後、加治木へ召し移され、鈴木氏に改めたという。子孫も加治木に住み、鈴木を称する。鈴木休蔵重綱条は本条を参照する同人の見出し。生没年・没地・法号は載せない。

系譜・人物関係

秀吉旗本広場三河守の三男。子孫は加治木に住み鈴木を称する。鈴木休蔵重綱(HP-1860)と同人。

奉公・役職

天正十七年に義弘の家臣となり鷹師。後に加治木へ移住し鈴木へ改姓。

軍役・事績

文禄元年高麗供奉。慶長五年伏見城松ノ丸口攻撃、関ヶ原帰国供奉。

生没・法名等

生没年・没地・法号なし。

統合人物ID
HP-0446
原人物ID群
12-227-11
氏・分類
広場
掲載巻頁
巻之十二:227
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
秀吉旗本広場三河守の三男。子孫は加治木に住み鈴木を称する。鈴木休蔵重綱(HP-1860)と同人。
検索キーワード
広場休蔵重綱/天正十七年に義弘の家臣となり鷹師。後に加治木へ移住し鈴木へ改姓。/文禄元年高麗供奉。慶長五年伏見城松ノ丸口攻撃、関ヶ原帰国供奉。/生没年・没地・法号なし。
公開区分
公開可
精読・確認状況
従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
公開判定根拠
従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
全1頁を追加再校合。鈴木条とは同人を指すが、両方の原見出しと既存公開IDを維持し、参照関係を明記。境界変更なし。
判読保留
鈴木条12-231-03との相互参照を確認。再校合で三河守の三男と読み、旧説明の二男を訂正。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』