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HP-0357巻7:121公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

久留大掃部介康辰

異名・検索語:久留大掃部介康辰/大掃部介

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

DESCRIPTION

本文内容説明

久留大掃部介康辰は小林の人で、天正年間の御軍談合人数五十四人の一人とされる。天正六年二月二十一日、島津忠平の下知により赤塚真重らとともに霧島座主秀証と読める人物のもとへ向かった記事を載せる。役職と軍議参加を伝えるが、派遣目的と末尾の字句は難読である。

系譜・人物関係

島津忠平の下知を受け、赤塚真重らと行動。

奉公・役職

小林の人。御軍談合人数五十四人の一人。

軍役・事績

天正六年二月二十一日、忠平の命により霧島方面へ出向く。

生没・法名等

生没年・法名・墓所は記載なし。

統合人物ID
HP-0357
原人物ID群
07-121-02-06
氏・分類
久留
掲載巻頁
巻7:121
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
島津忠平の下知を受け、赤塚真重らと行動。
検索キーワード
琉球/軍役・由緒・役職
公開区分
公開可
精読・確認状況
従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
公開判定根拠
従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
旧07-121-02に混在した独立人物を『一』の見出しで分離。
判読保留
霧島座主の名と派遣目的は追加校合を要する。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』