HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
鬼塚助八
異名・検索語:鬼塚助八
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
子の通称は主税介、後段には主水とあり、対応は未確定。朝鮮渡海年は原文の慶長四年を保持し、年代の整合性は留保する。
DESCRIPTION
本文内容説明
鬼塚助八は宮路紀伊介と兄弟の契約を結んだ人物。木崎原合戦で忠平公が危急に陥った際、宮路とともに敵軍へ斬り込み、比類ない働きをして戦死した。後半は子の主税介の記事で、天正十四年の豊後供奉、同年十一月十一日から平佐城普請に伴う宮路三之丞との兵糧渡方役を記す。朝鮮渡海は本文に慶長四年とある。出水五万石拝領時には福崎・主水の両人が出水へ派遣され、条書を広めたという。寛永十年には知行を従前のまま又八郎忠朗へ付けられ、子孫は加治木の鬼塚氏とする。主税介と後段の主水との対応は未確定。
系譜・人物関係
助八と宮路紀伊介は兄弟の契約。子は本文で主税介。後段の主水との対応は留保。子孫は加治木の鬼塚氏。
奉公・役職
助八は忠平公の危急時に働く。後半の子の記事に天正14年豊後御供、同年11月11日から平佐城普請で宮路三之丞と兵糧渡方役。寛永10年持留知行のまま又八郎忠朗へ付属。
軍役・事績
助八は木崎原合戦で宮路紀伊介と敵軍へ斬り込み戦死。後半の子の朝鮮渡海は本文慶長4年。その後朝鮮御軍忠に付出水5万石御拝領の時、福崎・主水両人が出水へ派遣され条書を広める。5万石を助八本人の領知にしない。
生没・法名等
助八は木崎原合戦で戦死。本文に合戦年・没日・享年・法名・墓所の具体的記載なし。子の死亡記事もない。
- 統合人物ID
- HP-0306
- 原人物ID群
- 04-065-04
- 氏・分類
- 鬼塚
- 掲載巻頁
- 巻4:65
- 主題・活動
- 戦死・父子事績・奉公・兵糧渡方・子孫
- 人物関係要約
- 助八と宮路紀伊介は兄弟の契約。子は本文で主税介。後段の主水との対応は留保。子孫は加治木の鬼塚氏。
- 検索キーワード
- 鬼塚助八/宮路紀伊介/木崎原合戦/忠平公/戦死/主税介/主水/天正十四年/豊後/平佐城普請/宮路三之丞/兵糧渡方/慶長四年/朝鮮/福崎/出水五万石/条書/寛永十年/又八郎忠朗/加治木
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 通常AI各全1頁・原冊照合、修正通常AI各全1頁確認済。
- 公開判定根拠
- 助八の木崎原戦死と子の奉公を区別。豊後・慶長4年の原文表記を確認し、通称と年代留保を注記して検索公開可。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
- 本文境界判定
- 一鬼塚助八から加治木之鬼塚氏也まで。左2pt縮小で隣条の微小断片除去、下端108ptで頁番号65を除去し各列末尾と子孫記述を保持。通常AI各全1頁視認。内容ストリーム保持。本人・子・子孫を関連記事として維持し新規分割なし。
- 判読保留
- 子の通称は前半で主税介、後段で主水と記され、両者の対応は確定しない。/朝鮮渡海年は本文の慶長四年を保持する。従来説明の文禄四年への読み替えは採らず、年代の整合性は留保する。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』