HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
鎌田政真
異名・検索語:鎌田政真/鎌田加賀守政真 初治部左衛門
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
未確定事項:主君病気の記事は貴久公の傍らに只主君トアリの校注があり、本文説明では主君とする。/奉納旅の山名・寺坊名や系譜の細字は留保する。主君平癒が実現したとは本文から補わない。花と女性の出現は本書の伝承として扱う。/後半は政春以下の子孫記事。戦死、軍役、借銀返済、江戸没、法号を政真本人に転記しない。子孫の年数異説と加賀の同定に関する編者注も保持する。
DESCRIPTION
本文内容説明
鎌田加賀守政真は初め治部左衛門と称した。川辺神殿を領し、高城地頭とも注記される。一時島津実久方に属したが、天文八年の日新公の川辺進出に際して帰参を申し出、子政春や高城衆を伴って対面。妻子を人質として神殿を差し上げ、貴久に奉仕して諸所で働いた。天文十四年冬、主君の病気に際し、法華経を諸国の霊社へ奉納する霊夢を得たという。翌十五年二月二十三日に伊集院を出立し、出家して正真と改名。黒衣で諸国を巡り、六百八十日目に帰国して褒美を受けたと伝える。花を好んで栽培し、花の下に女性が現れ、歌を詠むと消えたという伝承と二首の歌も載せる。後半の戦死・朝鮮軍役・借銀返済・江戸での死去は子孫の記述で、本人の没年・没地は記さない。
系譜・人物関係
初治部左衛門、加賀守。子政春。後半は其子・其養子に続く子孫系譜。系譜小注細字は留保。
奉公・役職
川辺神殿領有、高城地頭の注。一時実久方、天文八年帰参後は貴久に奉仕。
軍役・事績
日新公との対面、子政春や高城衆同行。妻子を人質に神殿を差上げ。天文十五年二月廿三日伊集院出立、出家正真、黒衣で諸国へ妙経奉納、六百八十日目帰国と褒美。花と女性の伝承、和歌二首。
生没・法名等
本人の没年・没地は明記なし。後半の子孫の戦死・享年・江戸没・法号と区別。
- 統合人物ID
- HP-0238
- 原人物ID群
- 05-084-03
- 氏・分類
- 鎌田
- 掲載巻頁
- 巻5:84
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 初治部左衛門、加賀守。子政春。後半は其子・其養子に続く子孫系譜。系譜小注細字は留保。
- 検索キーワード
- 天文/永禄/天正/慶長/寛永/地頭/奉行/戦死/朝鮮/高城/岩屋/八代/子/孫/養子/女/卒/歳/家系・役職・奉公
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 通常AI各全2頁・原冊84頁上下段・拡大・修復候補全頁確認済。
- 公開判定根拠
- 本人の帰参・奉納旅・花と和歌の伝承を整理し、子孫の軍役生没と区別して公開する。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
- 本文境界判定
- 冊子84頁上段一鎌田加賀守政真から下段の子孫記事末尾法号知覚道見居士まで全2頁。上段末の朝顔の歌から下段の又一首へ接続。その後は其子・其養子による関連系譜であり本人の事績と区別して保持。次の独立見出し一鎌田源左衛門兼政は別条。第2頁左端226.278361から229.5ptへ狭め隣条字片を除去、末尾本文と法号注は保持。新規IDなし。
- 判読保留
- 主君病気の記事は貴久公の傍らに只主君トアリの校注があり、本文説明では主君とする。/奉納旅の山名・寺坊名や系譜の細字は留保する。主君平癒が実現したとは本文から補わない。花と女性の出現は本書の伝承として扱う。/後半は政春以下の子孫記事。戦死、軍役、借銀返済、江戸没、法号を政真本人に転記しない。子孫の年数異説と加賀の同定に関する編者注も保持する。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』