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HP-0237巻5:82公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

鎌田政心

異名・検索語:鎌田政心/鎌田筑前守政心 初外記

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

DESCRIPTION

本文内容説明

鎌田筑前守政心、初名外記は鎌田政盛の嫡子。大永元年三月十八日の肝付征伐に従軍して軍功があり、二年後の十月に百次地頭、のち日向財部地頭となった。天正九年八月の水俣陣では財部地頭として島津忠平(義弘)の手勢に属し、天正十年十二月七日には命を受け、大雲坊とともに八代から山北へ使者として赴いた。天正十四年七月、筑紫城攻めで落城の際に戦死した。

系譜・人物関係

父は鎌田政盛。養子に鎌田政良。

奉公・役職

百次地頭、のち日向財部地頭。八代から山北への使者。

軍役・事績

肝付征伐、水俣陣、筑紫城攻めに従軍し、筑紫城で戦死。

生没・法名等

天正十四年七月、筑紫城攻めで戦死。法名・墓所は記載なし。

統合人物ID
HP-0237
原人物ID群
05-082-01
氏・分類
鎌田
掲載巻頁
巻5:82
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
父は鎌田政盛。養子に鎌田政良。
検索キーワード
天正/地頭/戦死/攻落/八代/嫡子/子/家系・役職・奉公
公開区分
公開可
精読・確認状況
従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
公開判定根拠
従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
全1頁。軍功・地頭職・使者・戦死まで政心の記事として完結。
判読保留
大永元年の肝付征伐年月、山北使者の同行僧名は追加校合を要する。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』