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HP-0058巻1:8注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

伊勢貞真

異名・検索語:伊勢貞真/伊勢雅楽介平貞真 入道江世斎/雅楽介/貞真/江世斎

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

従来説明の弟貞末は兄に訂正しました。永禄七年は真幸移住、羽月飛田瀬での軍功は同十一年正月二十日です。没地の島名は槇島と読めますが字形と現在地比定は留保しています。遠祖・別名・改姓由緒の小注にも未確定箇所があります。

DESCRIPTION

本文内容説明

伊勢貞真は雅楽介、入道江世斎と称し、もと有川氏。有川治部貞則の二男で、兄貞末とともに許可を得て伊勢氏を称した。永禄七年に忠平へ従い真幸へ移り、家老を務める。同十一年正月二十日の羽月飛田瀬で首を取り、元亀三年の木崎原合戦では飯野城を守った。天正九年の水俣陣、同十年十一月の肥後八代在陣、同十四年の豊後入りに従軍し、飯野地頭も務めた。文禄元年に義弘へ従って朝鮮へ渡り、翌年、高麗の槇島と読める地で病没。墓は飯野の長善寺と記される。生年・没月日・享年は明記されない。

系譜・人物関係

有川治部貞則の二男。兄長門守貞末(貞清とも)と伊勢氏へ改姓。旧説明の弟を訂正。遠祖・別名・改姓由緒の細字は留保。

奉公・役職

伊勢兵庫頭貞殿(景補注)への申入・許可で兄弟伊勢氏に。脇注に在京時の近衛家、菊亭右衛門佐殿を介した望姓記事。永禄七年忠平御供で真幸へ移住し家老。八代在陣記事の後飯野地頭という注。

軍役・事績

永禄十一年正月廿日羽月飛田瀬で忠平難戦時に首を取り軍労。旧永禄七年軍功は移住年との混同で訂正。元亀三年木崎原合戦では飯野城留守番。天正九年水俣、同十年十一月肥後八代、同十四年豊後へ御供。文禄元年義弘御供で朝鮮渡海。

生没・法名等

文禄二年高麗槇島と読める地で病死。末尾墓ハ飯野長善寺坟という墓所注。島名の字形・現在地の比定を留保。入道江世斎。生年・没月日・享年は明記なし。

統合人物ID
HP-0058
原人物ID群
01-008-05
氏・分類
伊勢
掲載巻頁
巻1:8
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
有川治部貞則の二男。兄長門守貞末(貞清とも)と伊勢氏へ改姓。旧説明の弟を訂正。遠祖・別名・改姓由緒の細字は留保。
検索キーワード
伊勢貞真/有川氏/有川貞則/貞末/雅楽介/江世斎/伊勢氏/改姓/忠平/義弘/真幸/家老/永禄七年/永禄十一年/羽月飛田瀬/木崎原/飯野城留守番/飯野地頭/水俣/八代/豊後/朝鮮/文禄二年/病没/飯野長善寺
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
AI用PDF全1頁を追加精読し原冊8頁下段と細字拡大を照合、前後境界を確認済み
公開判定根拠
AI全1頁・原冊細字を照合。兄弟関係と移住年・軍功年を訂正し、家老・飯野地頭、戦役ごとの役割、文禄二年病没と墓所を具体化。没地字形などの疑義を示して記載箇所へ案内できるため注記付き公開可。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合
本文境界判定
原冊8頁下段一伊勢雅楽介平貞真入道江世斎から文禄二年高麗病死・墓所小注まで。AI全1頁に見出し脇の小注と末尾墓所を保持。前重宗・次貞成の本文混入なし。兄貞末と改姓許可者の記載は貞真の由緒説明で独立した別人見出しではない。新番号・PDF修復不要。
判読保留
没地の島名は槇島と読めるが字形の最終確定と現在地比定は留保。/遠祖・貞序貞世等の系譜小注、改姓許可者の補注と在京記事の細字・係り受けは留保。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』