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HP-0032巻1:3~4注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

伊集院久次

異名・検索語:伊集院久次/伊集院兵部少輔久次/兵部少輔/久次

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:父の小注の忠正・今給黎久俊・久続等の細字と系譜接続は留保する。/久継の享年は六十一歳と読めるが一の字がかすれるため、本文説明では数値を省く。/養子名は宮内左衛門久次と読め、冒頭の久次と同名。本文は久継の養子で実弟とするが、同名・誤記等の事情を本条だけで確定しない。/後代の忠吉・戦死地根白の字形はなお留保。根白坂等へ無注記で拡張しない。

DESCRIPTION

本文内容説明

伊集院久次は兵部少輔、民部少輔久続の子。父に関する小注には伊集院氏の系譜と、勝久公による切腹の記事がある。久次本人の軍功・没年・没地は記されない。子の兵部少輔久継は天文二十三年に隅州岩剣で戦死した。続く宮内左衛門久次は久継の養子で実は弟と記され、後に兵部を称し、喜入忠誉の家臣となった。この養子は冒頭の久次と同名だが、本文の関係をそのまま示し、同一人物とは断定しない。さらにその子の宮内左衛門忠吉は根白で戦死し、その子久景は天正十四年に筑前岩屋で戦死したと読める。末尾には子孫が喜入氏家臣と記される。これら子孫の戦死を冒頭の久次本人の経歴へ移さない。

系譜・人物関係

民部少輔久続の子。子久継の後に養子宮内左衛門久次(実弟・後兵部)を記す。同名の冒頭本人と同一視しない。さらに忠吉・久景へ続く。子孫は喜入氏家臣。

奉公・役職

本人は兵部少輔。喜入忠誉家臣は後段の養子宮内左衛門久次の記述。

軍役・事績

本人の軍功は不記載。子久継は天文二十三年岩剣戦死。後代忠吉は根白戦死と読め、久景は天正十四年筑前岩屋戦死。

生没・法名等

本人の没年・没地・法名・墓所は不記載。久継の年齢六十一はかすれあり、本文説明から数値を外す。

統合人物ID
HP-0032
原人物ID群
01-003-02
氏・分類
伊集院
掲載巻頁
巻1:3~4
主題・活動
系譜・子孫の戦死・喜入氏家臣
人物関係要約
民部少輔久続の子。子久継の後に養子宮内左衛門久次(実弟・後兵部)を記す。同名の冒頭本人と同一視しない。さらに忠吉・久景へ続く。子孫は喜入氏家臣。
検索キーワード
伊集院/久次/兵部少輔/民部少輔/久続/久継/岩剣/天文二十三年/養子/弟/宮内左衛門/喜入忠誉/久景/天正十四年/筑前/岩屋/勝久/切腹/忠吉/根白(字形留保)
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
通常AI各全2頁・原冊3~4頁・拡大3画像照合済。父系注・同名養子・細字留保。
公開判定根拠
本人と子孫の事績を区別し、同名養子・父系細字・後代戦死地等の疑義を注記して公開する。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合
本文境界判定
冊子3頁下段左端から4頁上段右端3列まで通常AI各全2頁確認。切/腹、其養/子、忠/吉の列・頁接続を確認。前条久族・次条久慶の本文混入なし。久継以降は子・養子・其子と続く関連系譜で独立見出しではないため既存境界・IDを維持、新規採番なし。
判読保留
父の小注の忠正・今給黎久俊・久続等の細字と系譜接続は留保する。/久継の享年は六十一歳と読めるが一の字がかすれるため、本文説明では数値を省く。/養子名は宮内左衛門久次と読め、冒頭の久次と同名。本文は久継の養子で実弟とするが、同名・誤記等の事情を本条だけで確定しない。/後代の忠吉・戦死地根白の字形はなお留保。根白坂等へ無注記で拡張しない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』