追録8-No.748忠義に東海道での裁断を委任する二詔と軍列叡覧・賜与・出兵変更の履歴抄旧記雑録暫定版・確認中
東海道の裁断委任と六月5日の叡覧指定、参朝後に本人出征を留め兵を分けた経過を記す
六月2日の二詔と六月5日の参朝・出兵変更記事/原整理番号 748/整理ID 748
確認度中
この文書は暫定版です
現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。
概要
六月二日に二詔を受けたと記す。第一は東海道の残賊と小田原での暴挙の報を挙げ、探索し相応に処置するため臨時裁断を委任し、緩急を得て勤めるよう求める。議定職同様の心得で附属諸藩を差配する但書を付す。第二は来る五日に禁闕から関東へ向かう際の辰刻暇参朝と南門軍列叡覧を指定し、同姓島津・秋月兵隊も同様に行軍させるとする。五日卯半牌に忠義が軍装で参朝し、小御所・御学問所で天杯、錦旗一流、剣一振、扇子一本、反物一疋、御直垂一領・御擣帛一領、金三万両と酒肴を賜った記事を続ける。西郷吉之助の関東からの伝言により忠義の出征を留め、同行兵隊を三隊は北越、五隊は家老島津伊勢が率いて関東へ向かう形に分けたとする。宸翰等の正文は冒頭を掲げ以下を略す。情勢評価と経過は履歴の叙述として記す。
登場人物
忠義・島津修理大夫、主上、中山前大納言、西郷吉之助(大総督府参謀)、家老島津伊勢、秋月兵隊・同姓島津、総督府、白川官軍、随行兵隊
宛先
二詔:島津修理大夫、履歴記事は個別宛名なし
キーワード
原748六月二御履歴二詔東海道小田原暴挙民心王化探索処置臨時裁断緩急議定同様諸藩差配来五暇参朝南門軍列島津秋月五日卯半忠義軍装天杯旗剣扇反物直垂一領擣帛一領金三万酒肴西郷伝言出征停三隊北越五隊伊勢関東宸翰等略
冊子頁
575~576頁
読込量
中
面白さ
★★☆☆☆
原文を確認
(4)450~620頁(慶応4~明治元).pdf