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追録8-No.74記事旧記雑録暫定版・確認中

斉興義弘肖像ヲ大乗院ニ移ス

天保十二年十一月九日(出典脇注)。慶長五年以後の来歴を記す/原整理番号 74/整理ID 74

確認度高
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概要

斉興が義弘の肖像を京都から鹿児島の大乗院へ移した記事。慶長五年、関原の役から泉州へ退いた義弘は、知己の今井道興の家へ潜み、懇厚な待遇を受けて危急を免れた。後に道興の願いに応じて肖像を与え、義弘没後、道興は庵を築いて像を安置し松齢院と称した。曾孫某が僧となり京都相国寺内林光院の住持となって像を移し、大玄公(綱貴)の時に仏餉料を年々白銀十枚寄附した経緯を記す。斉興が肖像の所在を聞き、京都から取り戻して大乗院へ安置し、住持に祭祀を怠らないよう命じたことを述べる。安置命令はNo.73に収められる。

登場人物

島津義弘(松齢公)、今井道興、その曾孫某(林光院住持)、島津綱貴(大玄公。本文人物注)、島津斉興

宛先

宛先なし(記事)

キーワード

島津義弘、関原の役、今井道興、危急、肖像、松齢院、林光院、仏餉料、白銀十枚、大乗院

冊子頁

49~50頁

読込量

小

面白さ

★★☆☆☆

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(1)例言・目次・本文1~147頁(天保6~嘉永6).pdf