← 検索結果へ戻る
追録8-No.68記事旧記雑録暫定版・確認中

斉宣薨ジ、福昌寺ニ於テ葬礼・法事行ハル

天保十二年十月十三日~天保十三年正月廿四日(忌日は十月十四日と注す)/原整理番号 68/整理ID 68

確認度中
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

斉宣の死去と帰葬、葬礼・法事を記す記事。天保十二年十月十三日に江戸高輪邸で病没し、享年六十九、法号は大慈院殿舜翁渓山大居士とする。脇注は十月十四日を忌日とする。二十七日に幕府が牧野山城守を遣わし香奠銀五十枚を贈った。十一月十七日に霊柩が江戸を発ち、翌十三年正月八日に出水、十二日に鹿児島の福昌寺へ入り、十五日に葬送を行う。斉興は福昌寺で焼香したが、霊柩が客殿から葬場へ出る際には病気のため神主を奉じられず、一門島津安藝忠剛が代行した。忠剛が神主を奉じて棺前から葬場を三回巡り、終えて木主を僧へ渡すと記す。斉興は斎主として発心門の側の茅筵に座った。御代の太刀の扱いなど、斉興が在府・在国で自ら神主を奉ずる場合との式の違いには筆者の考察を付す。二十一日から二十四日には福昌寺で中陰法事を行う。末尾で筆者宗高は、病中に礼の詳細を記録できず文献もないため、大事の記録が略されることを嘆く。

登場人物

島津斉宣、島津斉興、牧野山城守(実名の字形未確定)、島津安藝忠剛、宗高(筆者表示)、斎主・僧・侍臣

宛先

宛先なし(記事)

キーワード

島津斉宣、病没、享年六十九、法号、香奠銀五十枚、霊柩、帰葬、福昌寺、中陰法事

冊子頁

47頁

読込量

中

面白さ

★★☆☆☆

原文を確認

(1)例言・目次・本文1~147頁(天保6~嘉永6).pdf