追録8-No.624玉里久光公系図の記事(鳥羽伏見・九州諸侯・東征と辺陲全安)旧記雑録暫定版・確認中
玉里久光公系図に記す戊辰の鳥羽伏見、九州諸侯への使節・東征と翌年までの征討
系図記事:明治元年戊辰正月・二月・五月、征討は翌二年まで/原整理番号 624/整理ID 624
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概要
玉里久光公の系図記事として、明治元年戊辰正月、当藩兵が詔を奉じ長州等と鳥羽・伏見で慶喜側の兵を退け、慶喜が江戸へ敗走したと記す。同月に勅諭を受けて九州諸侯へ使者を遣わし順逆を問うたが異状はなく、二月には東征の詔により関東へ出兵したという。東北諸道の抵抗に対し多くの兵を送り、最後に函館の拠点を取り、翌二年まで征討が続いたと述べる。五月には辺陲の全安の功を奏したとして、詳しい経緯は忠義譜にあると二度参照する。軍功や敵対者への評価は系図記事の叙述に属する。
登場人物
玉里久光公、慶喜、当藩・長州等の兵、九州諸侯、東北諸道の敵対者(記事の呼称)、忠義
宛先
宛名なし(系図記事)
キーワード
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冊子頁
454~455頁
読込量
小
面白さ
★★☆☆☆
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(4)450~620頁(慶応4~明治元).pdf