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追録8-No.574御系図記事(久光の上京と四侯協議)旧記雑録暫定版・確認中

久光の上京と越前・土佐・宇和島との協議を評価する系図記事

慶応3年丁卯3月下旬(御系図記事)/原整理番号 574/整理ID 574

確認度中
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概要

御系図「玉里久光公」の記事。慶応三年丁卯三月下旬に鹿児島を発って上京し、内外の変化と天下の危急に際し、久光が越前・土佐・宇和島の三侯と協議したと記す。禁闕と二条城へしばしば登って激論し、正義で国是を定め朝廷の綱紀を張ることを望んだという。秋には病により国へ下ったが、徳川慶喜が将軍職を辞し朝廷が復古の典を挙げたことをもって、その功が空しくなかったと評価する。行動と後日の政治変化を結びつける功績評価は、系図の叙述として示す。

登場人物

玉里久光公、越前・土佐・宇和島三侯、徳川慶喜、朝廷

宛先

御系図記事、宛名不記

キーワード

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冊子頁

404頁

読込量

小

面白さ

★★☆☆☆

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(3)277~449頁(文久3~慶応3).pdf