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追録8-No.539本文群(松平大膳太夫の書付・歎願と申述)旧記雑録暫定版・確認中

毛利側の家来渡航・脱走騒動と鎮静方針を述べる三件の書付

7月22日・25日の二書付/8月の申述(正文年号不記)/原整理番号 539/整理ID 539

確認度中
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

松平大膳太夫の書付等を三件収める。七月廿二日の書付は家来二人が英船に乗り横浜へ赴いた報知を受け、脱走者の鎮静へ向かっていた長門守も上京差止めを途中で知って帰国したので、まず届けると述べる。七月廿五日の歎願書は、過る十八日夜の脱走家来・浪士の下関付近での騒動について、大坂藏屋敷からの報知を受け取調べを進め、詳細説明のため栗屋刑馬を差し登らせると記す。続く八月の申述は、去月十八日の騒動の鎮静に国司信濃を送ったのに益田右衛門介・福原越後も呼び寄せられ、自分の書付を偽って同氏長門守の意向にも反したとして、三人の家を毛利淡路守へ預け、自分と子も国元で慎んでいると述べ沙汰を請う。責任・不在・指示の有無は毛利側の主張として示し、二つの十八日の月や真偽を独自に確定しない。

登場人物

松平大膳太夫(注:毛利敬親)、長門守、家来二人、脱走家来・浪士、大坂藏屋敷の者、栗屋刑馬(粟カ注)、国司信濃、益田右衛門介、福原越後、毛利淡路守、朝廷

宛先

御届・歎願・申述の相手名は正文不記

キーワード

松平大膳太夫毛利敬親七月廿二家来二人英船横浜長門守帰国、七月廿五歎願過十八夜脱走浪士関下大坂藏屋敷栗屋刑馬粟カ、八月申述去月十八国司信濃益田右衛門介福原越後鎮静偽書長門守意向違反主張、毛利淡路守預家国元慎沙汰請

冊子頁

376頁

読込量

中

面白さ

★★☆☆☆

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(3)277~449頁(文久3~慶応3).pdf