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追録8-No.507御系図記事(開成所創建と七月戦闘)旧記雑録暫定版・確認中

開成所で海陸軍事・技術を学ぶ方針と七月の京都戦闘を記す記事

元治元年6月創建;同年7月と19日戦闘の叙述(御系図記事)/原整理番号 507/整理ID 507

確認度中
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

御系図「忠義公」の記事。元治元年六月に開成所を創建したとし、外患が迫る中、海陸の軍事を学んで武備を充実し、器械・航海・測量等を明らかにすることが急務だと述べる。続く同年七月の叙述は、長州勢が京都へ迫って帝闕を脅かしたとして、在京諸藩と自軍が防禦・討伐に当たり、十九日の黎明に天龍寺を攻め、禁門への砲撃と官軍退却の後、自軍が兵を合わせて進撃し敵を破ったという。残兵追撃、日野・鷹司等の党与の探索・掃討を記し、平定で結ぶ。長賊・夷賊と呼ぶ評価、勝敗と自軍の武功は系図の叙述として読む。開成所創建の月と七月戦闘の経過を別に保持し、実際の死傷者数は記載されない。

登場人物

忠義公、天皇、在京諸藩、我師・官軍、長賊、日野・鷹司等(記事の呼称)

宛先

御系図記事、文書宛所なし

キーワード

御系図忠義公元治元年六月開成所創建、外患海陸軍事武備器械航海測量、同年七月京都長州帝闕、十九日黎明天龍寺禁門砲撃官軍退却自軍進撃、追撃党与掃討日野鷹司平定叙述

冊子頁

356~357頁

読込量

小

面白さ

★★☆☆☆

原文を確認

(3)277~449頁(文久3~慶応3).pdf