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追録8-No.430御履歴記事(英艦来航・砲戦と英人の損害伝聞)旧記雑録暫定版・確認中

汽船奪取・砲戦と暴風雨、英人から聞いた損害と薩摩戦死一人を記す履歴記事

文久3年6月来航/7月2日戦闘/翌3日退去の履歴記事(六月日は不記)/原整理番号 430/整理ID 430

確認度中
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

御履歴中。文久三年六月に英国軍艦七隻が鹿児島沖へ来て応接する中、七月二日に港内の汽船を奪ったとする。汽船数は正文二艘・割注三艘で原記載を別に保持する。砲臺が攻撃し英側も応戦、攻撃は午時から暮まで続き、大風暴雨で英艦の砲撃が定まらず役立たなかったのを天の幸いとし、翌三日に英艦が退去したと記す。後日横浜在住の英人が私に告げた話として、砲弾が甲板へ落ち船将ジョスラインとウェルモットら二名が即死し、別の三十五名が死傷したという叙述を載せる。この日の薩摩兵死者は一人とする。損害は履歴の伝聞・評価で、系図421の一人、家譜425の二人を校訂する根拠とせずそれぞれ保持する。

登場人物

英国軍艦七隻、薩摩兵一人、英人の告知者、ジョスライン(船将)・ウェルモット(原表記)

宛先

宛先なし(御履歴中の記事)

キーワード

御履歴中、文久三年六月英国軍艦七隻鹿児島沖、七月二日汽船正文二艘割注三艘奪取、砲臺応戦午時暮、大風暴雨英艦発砲不定天幸評価、翌三日退去、後日横浜英人告、甲板ジョスライン船将ウェルモット二名即死三十五名死傷云、薩摩戦死一人原記載

冊子頁

304頁

読込量

小

面白さ

★★☆☆☆

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(3)277~449頁(文久3~慶応3).pdf